第5回 愛着のあるものに囲まれて
感性の生き返る部屋

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<住人プロフィール>
中村秀一さん 「SNOW SHOVELING」店主
賃貸 2DK 東京都世田谷区
入居3年・築約60年

古びた部屋をDIYで自分好みの空間に

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緑豊かな駒沢公園からほど近いところにある『SNOW SHOVELING』。古いビルの二階にひっそりと位置し、国内のカルチャー本から海外の写真集まで個性的な選書に、常連客が足繁く通う隠れ家的な古書店だ。

その店舗の上階に居を構えるのが、店主の中村さん。黒く塗られた扉を開けると、外観の古めかしい雰囲気からは思いもよらない、明るい空間が姿を現した。コーヒーを手に、天井まである大きな窓から差し込む光を浴びて、一日が始まる。視線の先にあるバス停で本を読んでいる人がいると、やはりうれしい。

中村さんがここで暮らし始めたのは、およそ3年前。店舗に水場がなかったため、以前からオーナーに空き室ができたら入居したいと伝えていた。満を持して空いたのは、以前の住人が長い年月住んでいた一部屋。人の営みの跡が随所に刻まれ、そのままでは住めないほどだったが、自らリフォームすると申し出て、このあたりにしては格安で借りることができたそう。

部屋づくりで大切にしたのは「帰りたい家にすること」。壁を塗り、棚を作り付け、二ヶ月ほどかけたDIYで、少しずつ好みの空間に変えていった。

窓の存在感を生かすため、カーテンは付けない。

窓の存在感を生かすため、カーテンは付けない。

二部屋を繋げて広々と使うリビングダイニング

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まず印象的なのは、リビングの壁一面に並ぶ本。材料を組みあわせて積み、何ヶ所か固定しただけだが、作り付けの本棚のような完成度。アンティークのトランクなどと組み合わせて、整然と収納しつつ趣のある佇まいだ。本だけでなく、シアトルで買ったキャンピングストーブなど、旅の思い出の品も並ぶ。仕事でもたびたび訪れるアメリカのほか、メキシコやキューバなど、世界各国を旅して回ったこともある中村さん。そんなかつての旅に心を遊ばせられる本棚だ。

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リビングダイニングは、扉を外して二部屋を繋げ、広々と使っている。コンパクトにまとまったカウンターテーブルもDIY。仕切り壁を生かして造り付けるという発想はさすが。使用した木材は、足場板専門の業者から取り寄せたもの。オイルステインで好みの風合いに仕上げたテーブルは、乾いた質感の中に、無骨な表情を浮かべる。

  • テーブルの上下には、ノートパソコンや雑貨などを収納するスペースも設けてある。中村さん曰く、“困ったらちょっと置ける場所”。ぎっしりとは詰め込まないことが、余裕のある空間づくりの秘訣だ。

    テーブルの上下には、ノートパソコンや雑貨などを収納するスペースも設けてある。中村さん曰く、“困ったらちょっと置ける場所”。ぎっしりとは詰め込まないことが、余裕のある空間づくりの秘訣だ。

  • コーヒーテーブルの替わりにもなるマガジンラックもお手製。

    コーヒーテーブルの替わりにもなるマガジンラックもお手製。

  • 部屋中の本棚に必ず一冊はあるのは、店名の由来にもなった村上春樹の作品。

    部屋中の本棚に必ず一冊はあるのは、店名の由来にもなった村上春樹の作品。

時間はあえてたっぷり使う。気持ちを豊かにするキッチン

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収納力と美しさを備えた明るいキッチンは、グレーをベースに、もともとあった作り付けの棚を生かしてまとめ上げた。もちろんここもDIYで、棚の扉にはシートを貼り、壁のグレーに合わせて棚の奥の色も揃えることで抜け感を演出。タイルは黒く塗り、スパイスの入ったガラス瓶に陽の光が踊る、メリハリのある空間に仕上がっている。

夜になればアーティストが集いそうな異国風の瀟洒な空間だが、リフォーム前の写真を見せてもらうと、かなり使い込まれた「昭和の台所」然とした風貌。ここまで生まれ変われるとは驚きだ。コツは「キーカラーを決めること」だと話してくれた中村さんの前職は、グラフィックデザイナー。デザインセオリーに基づけば、形の違う調理器具や家電が溢れがちなキッチンも、ここまでまとまるのだ。

「時間って、こっちが支配すると気持ちがいいんですよね」

忙しい日常を送っていると、「時間」には追われがちになる。あえて時間を使うという達観は、暮らしに余裕をもたらしてくれそうだ。中村さんが快活なのは、自分の心を整える術を知っているからかもしれない。

  • 普段はあまり手の込んだ料理はしないという中村さんだが、ときどきは餃子を皮から作ったりと、あえてたっぷりと時間をかけて料理をする。

    普段はあまり手の込んだ料理はしないという中村さんだが、ときどきは餃子を皮から作ったりと、あえてたっぷりと時間をかけて料理をする。

  • モノトーンなキッチンでは、棚に並べた木の器やスパイスも美しい差し色に。

    モノトーンなキッチンでは、棚に並べた木の器やスパイスも美しい差し色に。

  • ワイン箱や棚を打ち付けて収納スペースも増設。

    ワイン箱や棚を打ち付けて収納スペースも増設。

流れる穏やかな空気に哲学すら感じる寝室

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明るいリビングとは一転して落ち着いた雰囲気なのが、大きなベッドが印象的な寝室。ウッドカーペットを敷き、扉には木目調のシートを張り詰めた。小さな引き手金具を付けるなど、ディテールまで手を抜かないのが美しく仕上げる秘訣。こちらも、元は古めかしい和室だったとは思えない。


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天井までぎっしりと蔵書が並ぶ本棚は圧巻だ。好みでアレンジできるのも、収納家具をDIYする利点。デスクを組み込み、所蔵する本に合わせて高さを調整した。「THE IRUKA HOTEL」のファブリックは、自らシルクスクリーンで刷ったオリジナル。愛してやまない 村上春樹作品『ダンス・ダンス・ダンス』のモチーフからインスピレーションを得た。ベッドに身を横たえ、本を読んだり好きな映画を鑑賞するのは、至福の時間だ。

愛着のある物だけに囲まれる幸せ

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「好きな物は、いい思い出を想起させる“装置”になる」と言う中村さん。ほかにも部屋の中には、オノ・ヨーコのレコード、エドワード・ホッパーのプリントなど、好きな物しか置かない主義だ。

そこに至るには、茨木のり子さんの詩の一節に感銘を受けた体験がある。それは「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」というもの。

「そうか、守るものなんだと気づいたんですよ。今ってある意味、残酷な世の中で、安くて適当な物を買っても生活できてしまう。でも、一日のうちある程度の時間を過ごす住空間だから、どうせ置くなら自分の好きな物だけを置きたい。それだけで生活の質は上がるし、何より自分が気持ちいいですよね」

毎日帰ってくる部屋だからこそ、愛着のある物に囲まれること。感受性が生き返るような居心地のいい部屋には、幸せに生きるためのヒントがたくさん隠されていた。

  • 小さなギャラリーのようなエントランス。

    小さなギャラリーのようなエントランス。

  • 文庫本を持ち込み入浴中も読書を楽しむ。

    文庫本を持ち込み入浴中も読書を楽しむ。