イタリア、オーストラリア、東南アジア…さまざまな国で暮らした女性が安住の地として選んだのは、日本のパーマカルチャー発祥の地といわれる信州でした。子育てを楽しみながら、ガーデナーとして活躍するナチュラルな暮らしを取材しました。
住人プロフィール
加部麻子さん
ガーデナー 「風と庭 il Vento del Giardino」主宰
長野県安曇野市
注文住宅 4LDK+ロフト+家事室+地下室
築16年 入居7年
家族3人暮らし
「植物に興味がなかった」東京出身の女性が、工芸作家から環境デザインの道に転身
フリーランスの「ガーデナー」という存在をご存知でしょうか。日本の伝統的な庭師とは異なり、海外で造園デザインを学び、その考え方と技法を活かした植栽を提供するフリーランスのガーデナーは、近年日本でも増えており、特に女性の活躍が目立っています。
加部麻子さんは、長野県安曇野市在住。大町市にある「ラ・カスタ La CASTA」の季節ガーデナーとして、メドウなど自然な植栽エリアを5年間務めた後、独立。現在は、庭のデザイン・アドバイス、手入れなどを行うフリーのガーデナーです。伝統的なヨーロッパのガーデニング手法だけでなく、自然と共存する「パーマカルチャー」に精通し、化学肥料・農薬のいらない庭づくりを手がけ、ワークショップの講師としても活躍しています。
加部さんは東京出身。意外にも、はじめからガーデナーを目指していたわけではなかったといいます。むしろ子どもの頃は、ほとんど植物に興味もなかったのだとか。大学では工芸工業デザインを専攻し、ガラス作家を目指してイタリアに留学しました。しかし、工業的な生産がもたらす環境への負荷に疑問を持った加部さんは、そこから環境造園デザインの道へ進んでいきました。
その後、海外の各地を巡るなかで、オーストラリアを訪れた加部さんは、厳しい干ばつ環境下に発生した「ドライガーデン」のはじまりとその普及の過程を経験。人間にとっての恒久的持続可能な環境をつくるデザイン体系「パーマカルチャー」を知り、地球に優しい循環農法に傾倒していきました。そして、東京とオーストラリアを行き来しながら造園デザインと実践を学び、ガーデナーとしてのキャリアを積んだのです。
安曇野は、日本におけるパーマカルチャーの発祥地であり、その活動が盛んに行われています。偶然にも、加部さんのお父様がこの地に別荘を建てたことから、安曇野との縁が生まれたそう。何度も訪れるうちに、「ラ・カスタ La CASTA」での職を得て、東京からの移住を決めました。
「農業の知恵を使いながら、農薬で土地を傷めず、耕し育てて、また土に還す。安曇野には、こうした自然な循環が伝統的に根付いています。また、移住者も多いので難しいしきたりもなくて気楽です。子どもを預け合ったり、みんなでご飯を食べたり。空気もいいし、のんびりできて最高ですよ」(加部さん、以下同)。
エコロジストが暮らすのは、太陽エネルギーを駆使して快適さを保つ「パッシブソーラー」の家
加部さんのお父様のセカンドハウスだったこの住宅は、省エネを目的として、太陽エネルギーを使って空調・給湯を行う「パッシブソーラー」で建てられています。夏は涼しく、冬は暖かく、一年中快適。日当り抜群のリビングをはじめ、家中の窓から北アルプスの山々と田園風景を眺めることができる住まいは、開放感に満ちています。
「建てた頃は週末の家として、山好きの友達たちと集う場所でした。春には山菜を、秋にはきのこを採り、『ご飯会』を催して賑やかに過ごしました。この家に腰を落ち着けてみて、東京で暮らしているときよりも、気持ちが楽になった気がします。子どももまだ幼いので、暗くなったら眠って、日が昇ったら目覚める…という自然な生活になりましたが、それが私にはとても合っているようです」。
こども用のワードローブも手づくり。自然派ならではの収納の工夫
お父様から受け継いだ家具を大切に使い続ける加部家のインテリアは、シンプルでナチュラル。どことなく懐かしく、ほっと落ち着く空間です。どの部屋にもムダなものはなく、必要なものが使いやすい場所にきちんと整理されている印象でした。リビング隣の和室には、こども服用のオリジナル収納も設えてあります。
「こどもが自分で洋服を選べて手に取りやすい収納を探していたのですが、既製では見つけられなかったんです。それで、棒と紐で簡単につくったのですが、将来自分の部屋で整理できるようになれば取り外せばいいし、一時的な収納としてはよかったかな。収納も毎日の暮らしにあわせて変化を持たせたいと思っているんです」。
季節そのものの良さを感じる暮らしの心地よさ
ダイニングテーブルには季節の花をあしらって、キッチンはドライフラワーでさりげなく飾りつけ。華美さはなく、しみじみとしたアレンジが加部さんの持ち味です。
「ガーデナーの家と聞いて、お花がいっぱい飾りつけてあると思われることもあるんですけど、けっこうあっさりしているので、驚かれるんですよ(笑)」と加部さん。
「一年中花盛りの状態を保つというガーデンの考え方は、ここ数年で変わりつつあります。今は、デザインはきっちりと決めて、手入れは最小限に留め、枯れ姿から雪がかぶるところまで花の一生を楽しむという新しい考え方が主流になりつつあるのです。私も庭づくりでは、海外研修で得た最新のオーガニック手法を駆使して、農薬を使わずに、メンテナンスは最小限で維持できる方法を提案しています。こうした仕事に対する考え方が、家の中に顕われているのかもしれませんね」。
オーストラリア人の夫、ランスさんと家事・子育てを分担しながら、オランダやイギリスへ精力的に研修に出かける加部さん。週末には移住者仲間と集まって、気兼ねなくホームパーティーをするのが一番の楽しみだそう。豊かな自然はもとより、地場野菜や作りたての豆腐など、美味しいものにも事欠かない安曇野の地で、オーガニックライフを大いに謳歌されていました。