独自の美学とセンスを持つ建築家に、機能性だけではない、収納にまつわる新しい着想やセオリーを紹介するこのコーナー。今回は商業空間や店舗のデザイナーとして長年のキャリアを経たのち、長年の夢だったという生活道具を扱う自身の店「Archivando(アルチヴァンド)」をオープンさせた神谷智之さんにお伺いしました。
神谷智之さん
雑貨店「Archivando」オーナー
33年間、商業施設内にある店舗を中心に、数多くの設計デザインを手がけてきた神谷さん。施主ありきの仕事から、いざ自分が施主にもなって行ったこと。それは、あらかじめ設計プランを立てるのではなく「その場を、実際に壊してみてから考えようと思ったんです」ここはもともと、事務所として使っていた場所。スケルトンにすると天井がとても高く、迫力のある空間が現れました。「ここで中途半端なことをしても、空間に負けちゃうなと思ったんです」そこで、作り付けの什器などはあえて作らず、可動できる古い家具や木箱、棚などを什器がわりに設えることに。それは、さまざまな展示やディスプレイ替えなども想定してのこと。
確固たる信念がありながらも、風通しのいいフレキシブルなアイデアの数々。なにも店舗のみならず、暮らす場でも十分に応用できることばかりだったのです。
すべてのものに光を当てる、華奢な作りのフレキシブル棚。
まず一番目を引くのは、横幅が3mほどもある巨大な棚。脚立のようなスチールの骨組みに棚板を渡しただけの、ごくごくシンプルな作りです。「ものは、ずっと動かさないでいると風景になってしまいます。棚を付けたり外したりしながら頻繁に動かして、見せ方や見え方を変えてやることで、ものがその良さをアピールしてくる、そんな気がするんです」さらに棚板の幅を上ふたつのみ狭くしているのは、下にあるものにも光を当てるための工夫。「ものに、いかに光をきれいに当ててやるかを常に考えています。生かすも殺すも、光次第だと思っているので」
この棚板は、外国の古材を見つけてきたものを、半分の厚みにスライス。脚立はオーダーして作ってもらったもの。ですが、ここでちょっとしたトラブルが。「あまりにもきれいに塗装がなされすぎていて、イメージとはかなりかけ離れたものだったんです」そこで剥離剤を使って自身でペイントを剥がしたのですが、作業があまりにも大変。剥がしきれず途方に暮れていたところ「このペイントがちょっと残った感じも面白いなと思って。狙ったわけではないのですが、エイジングの加工をしたみたいになりましたね」。棚板の古材もペイントの剥がれた跡があり、図らずも調和を生み出しています。
見せたくないものを隠す、ミステリアスな古い扉
そしてレジの裏手。ここにはストックのための什器が必要でしたが、スチール棚だけではやはり素っ気ない。そこで手前に古民家で使っていた引き戸を設置。ガラスで中のものが見えてしまうため、目隠しとして間にカーテンを取り付けました。「カーテンだけだと、どこかだらしない印象になるところ、建具が一本入っているだけで、まったく見え方が変わったと思います」
鉄壁の存在感と機能性が融合した、要塞のようなシェルフ
さらに、さすが!と唸るアイデアは、レジカウンターに付随する大きな壁にも。実はこれ、スチール棚の片面にベニア板を貼り付け、鉄板で覆っただけのもの。「店舗デザインをやっていると、鉄っぽく見せるクロスを貼るというやり方もあるのですが、ここはあえて本物にこだわりたかったんです」ただ、かといって予算が潤沢にあるわけでもなく、そもそも本物の鉄だけにすると相当重くなってしまう。「あと裏側はギフトラッピングなどの作業台としても使いたかったので、ちょうどよかったですね」
そして店舗側に無垢の丸い鉄棒が。突然飛び出しているような感じで何本も並んでいるのは、そこに板を置き、棚代わりとするため。「仕掛けをわかりにくくしたかったんです。L字型の棚受をビスで留めて付けるのではなく、裏から穴を空けて締め込んでいます」。ピッチは棚板がたわまないように考え抜いた結果、横300mm×縦400mmとしました。棚の位置をずらしてリズムをつけたり、板を渡していないパイプはハンギングフックとしても使えるなど、ミニマムながら、なかなか応用の効くアイデアです。
定番の木箱収納こそ、ちゃんとした作りのものを。
全体的にはコンクリートと鉄の無機質なムードで統一する一方、衣類やタオルなどバスまわりのグッズは、木箱の中に。これはスウェーデン軍で使われているボックスをもとに作られたもので、蓋付きとなしの2種類あり。「木箱は既製品でもいろいろありますが、安価なワイン箱などで済ませるのではなく、こういうところこそちゃんとしたかった」ラフな作り、素材感ながら、金具使いなどでメリハリのある表情を醸しています。「軍用なので大きめのバックルとか。日焼けすることで、飴色に近づいていくのもいいなと思います」