建物の構造から考える建築家は、時に収納についてもダイナミックな発想を提示してくれます。今回、編集部がお邪魔したのは、なんとヘアサロン。専門性の高い空間ですが、意外にもそこは一般家庭で応用できる収納アイディアの宝庫でした。
藤田未央さん
大手リフォーム会社に勤める一級建築士
ヘアサロンに施された収納テクニック
都心の大手リノベーション会社に勤務し、現在はホテルなど一棟まるごとのリノベーションを手がける事業部に所属する藤田未央さん。彼女が取材先に指定したのは、自宅でも職場でもなく、自身が設計に関わったヘアサロンでした。
湘南、江ノ島に程近い場所にあるヘアサロン「ATTA(オッタ)」。
優しいクリーム色で塗られた壁に木目の家具がなじみ、ヘアサロンというよりも、カフェのような雰囲気があります。店内が一目で見渡せるシンプルな間取りも印象的です。
「このヘアサロンの設計を通して、私自身も、収納について新しい発想を得ることができました」(藤田さん、以下同)。
一見、特に収納らしいスペースも見当たらない、すっきりとした店内。どんな工夫がなされているのでしょうか。

すっきり広々とした店内。無駄なものがなく、清潔感に満ちています。
モノの多い空間と、モノがないほうがいい空間
「ATTAのオーナーには、明確なビジョンがありました。それを具現化していくのが私の役目だったのですが、とにかく、楽しかったですね。まず、このお店は、ただのヘアサロンじゃないんです。ライブスペースにもなるんですよ」。
シャンプー台のある場所が、時にはステージに。ここは、不定期にライブイベントを開催しているというユニークなヘアサロンなのです。
「入って右手の壁にかかっている鏡も、イベントの際には取り外せるフック式になっています。その鏡をかけるために作った壁は、配管やコンセントを隠す目的のほか、収納スペースにもなっています」。
一般的にヘアサロンは、必要機材のほか、シャンプーやカラー、その他たくさんのアイテムを備蓄しています。しかし、ライブやイベントをするためには、逆に、ガランとした広さのある空間が必要です。
つまり、藤田さんには、「モノの多い空間≒ヘアサロン」と、「モノがないほうがいい空間≒イベントスペース」を共存させるための収納の発想が求められたのでした。

シャンプー台のあるステージには、同じタイプの棚が向かい合わせで設置してあります。シンメトリーですっきり見える収納テクニックです。
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鏡の裏に作った収納スペース。掃除用品などをまとめています。
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スタッフルーム兼収納。普段は扉を閉めてあるので、空間に溶け込んで目立ちません。
トイレとシャンプー台を隔てるように、スタッフルーム兼収納スペースが設けてあります。一通りの備品はそこにしまえるようにして、全体は自由に家具を配置できるよう、広々と空間をとりました。
「ヘアサロンというと、きっちりブースごとに作り込んで、そこに収納も細々配して……というやり方もあると思うんですが、ATTAの場合は、もっと自由な空間が求められました。オーナーは家具にもこだわりがあって、彼のインテリアのセンスを存分に発揮できる空間を作ったという感じです」。

初期のイメージスケッチ。オーナーと意見も一致して、ほぼこの通りに進んだといいます。
収納スペースも兼ねた大きな鏡
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スペースを広く見せ、かつ、明るさをプラスしてくれる大きな鏡。枠の下部分は、テーブルの替わりになっています。
「先ほどの取り外しができる鏡ともうひとつ、このサロンで特徴的なのが、大きな鏡。枠は造作して、棚とテーブルを兼ねた機能を持たせています。このアイディアは、一般のご家庭でも応用できると思いますよ。部屋が広く見えるだけでなく、窓や、アートのような役割も果たします。枠の奥行きによって、さまざまな利用法が考えられますね」。
狭小住宅や窓の少ない部屋など、大きな鏡の使い道はイメージが膨らみます。

鏡の枠、上部はディスプレイコーナー。奥行きがあるので、さまざまなものを飾ることができます。本棚替わりにしてもよさそう。
思わず真似したくなるアイディアの数々
ヘアサロンであり、イベントスペースでもあるATTA 。親しみやすいリビングのようでいて、センスのいいセレクトショップのようでもあります。
「配置をきっちりと決め込まなかった分、インテリアは自由。模様替えもしやすいですね。ディスプレイや収納のアイディアもたくさん盛り込まれています」と藤田さん。
店内にある収納棚のいくつかは、オーナーの手作り。既成の家具とうまくミックスして、親しみのあるディスプレイを実現しています。

リネンを使って収納ボックスを隠し、本や雑貨をディスプレイするアイディアは、ぜひ真似したいテクニック。

木箱を重ねて、ヘア用品のディスプレイに活用しています。
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収納力の高い造作。壁画は、イラストレーター利光春華さんの作品です。
「トイレを作る際にできた隙間は、すべて生かして収納にしました。壁面のイラストは、オーナーのアイディア。ディスプレイとイラストの色がリンクされて、素敵ですよね」。
地味な印象になりがちなトイレですが、工夫次第でアートな空間になるという好例。ミッドセンチュリーの名作、ストレージボードもよくマッチしています。
空間作りの楽しさをクライアントと共有すること
「このヘアサロンATTAの場合は、オーナーの意向に沿って空間の余白を残したことで、継続的に新たな収納アイディアが生まれています。空間作りの楽しさを、長く共有できるのが嬉しいですね」と藤田さん。
「収納は、空間の無駄を省くためにあると考えています。そして、機能的なモノをしまって、きれいに見せるのがデザイン。それがうまく伝わるような提案をしていけたら……」。
今後は、「収納」と部屋の機能を示す「サイン」をリンクさせたい、とユニークな展望を意欲的に語ってくれました。

小柄ながら、パワーを秘めた女性建築家、藤田さん。「彼女のセンスあってこそ、ATTAの空間作りができたと思います」とクライアントのオーナーも話してくれました。