昭和の雰囲気を留める実家。愛着はそのままに、明るく使いやすい住まいへと変化させた、戸建リノベーションを取材しました。各所に散りばめられたアイディア収納は必見。話題の「実家問題」を解決するヒントが見つかるかもしれません。
伊澤淳子さん
「一級建築士事務所 伊澤計画」代表
「住宅医」が手がける、安心のリノベーション
「住宅医」をご存知ですか?
住宅医とは、既存の木造住宅を調査・診断し、改修の設計から設計監理、維持提案までを一貫して行うスペシャリストのこと(社団法人住宅医協会が認定)。この資格を持つ伊澤淳子さんは、耐震改修を得意とするリノベーションの達人です。今回は、戸建リノベーション事例のお宅へ案内していただき、千葉県柏市へと向かいました。
昭和53年に建てられ、お母様がひとり暮らしをしている実家のリノベーションを伊澤さんに依頼したのは、都内にも自宅を持つ施主のYさん。「実家をどうするか」という悩みは、誰もが直面し得る問題です。親は、慣れ親しんだ地元から離れたくない。とはいえ、経年劣化で使いづらくなっている家で不自由な暮らしを続けているのは見過ごせない……。Yさんが選択したのは、お母様と暮らすための「実家再生プラン」でした。
「Y邸は、典型的な昭和の一戸建て住宅。昔ながらの間取りと仕様は経年とともに暮らしづらさを増し、耐震性も十分とはいえませんでした。『家族の思い出が詰まった家なので、間取りはあまり変えずに、採光と動線の良さをプラスし、使いやすい収納を組み込んでほしい』というご要望でした。構造はしっかりと調査、耐震補強も万全にした上で、生活動線をデザイン。気になっていた薄暗さを解消して、インテリアも楽しめるように工夫しました」(伊澤さん、以下同)。
リノベーションを機にYさんは、古い家具やご両親がため込んだ使わないモノをごっそりと処分。その量はなんと2tトラック2台分だったというから驚きです。
収納力のある家具はすべてオリジナル造作
ご高齢のお母様と同居とはいえ、殺風景なバリアフリーにはしたくなかった、と施主のYさん。暮らし自体を楽しめるようなインテリアを希望されていました。
「木材は無垢の杉を使用、壁はローラー漆喰で仕上げるなど、インテリアも映える自然素材にこだわりました。収納家具は、すべて大工さんに造作してもらったオリジナルです。かつて2台あったという食器棚の代わりに、天井まで造りつけの扉つき収納棚を設置。倒れることがないので、地震の際も安心できる、と喜んでいただきました」。
水回りの配置を変更して、収納力をUP
大幅な間取り変更はなかったY邸ですが、トイレ・洗面所・浴室が隣接し、かなり狭かったサニタリー空間は改善することに。トイレの位置をお母様の部屋の近くへ移動させて、空いたスペースを洗濯機置き場に造り変えました。洗面所には、大きなシンクを採用した洗面台と収納を造作。それまでほとんど何も置けず、着替えるのもやっとだった空間が、収納力も高いゆとりの広さに生まれ変わりました。
「洗面所の収納は大切ですよね。タオルや洗剤類のストックなど、必要なものがさっと手が伸ばせる位置にあることが重要です。Yさん自身が収納名人なので、さらにお手製のカーテンをつけるなど、工夫されている様子が勉強になりました」。
生活スタイルを反映して収納をつくる
漆喰の白と、優しい無垢床、そして建具の色合いがマッチし、居心地のいい雰囲気にまとめられたY邸のリビング。天井には明かり取りの窓を設置して、採光を確保しています。ソファは、昔から使われていたものを張り替えたのだとか。 特に薄暗かった家の中央部分は、リビング引き戸の欄間やガラス、2階から階段を通じて、光を廊下に落とすように設計されています。
「Yさん夫妻は、『丁寧な暮らし』を営むことができる人。インテリアや収納についての意思が明確で、やりとりもスムーズでした。ふだんから整理整頓を心がけて、モノは増やさない。その分、持つべきモノはきちんと選ぶという姿勢を貫いています」。
伊澤さんが収納計画を立てる際に大切にしているのが、事前のヒアリング。生活スタイルを聞くことで、その人の趣味、個性、そして価値観がわかるといいます。
「靴が好きな人は大きなシュークロークを。本が好きな人は大きな書棚をつくるなど、趣味や嗜好は、収納に一番反映されます。一般解はありません。収納は、その人のアイデンティそのもの。その辺りをつかみとって設計に反映したいと考えています」。
暮らす人の価値観に寄り添い、「この人にはこんな収納があるといいな」というアイディアを具体化する造作の数々。耐震改修の達人は、生活スタイルを反映した収納づくりの達人でもありました。