玄関からキッチンにはほとんど外光が入らなかった、典型的なアパートの間取りをフルリノベーション。そこで試行されたのは、壁の一面を家具に見立てて生活インフラを集約するという、とても斬新な収納設計でした。
佐治 卓さん
「ピークスタジオ一級建築士事務所」共同代表
アパートリノベーションのきっかけはオフィスから
建築家の佐治卓さんは、2016年、神奈川県川崎市武蔵新城で、3人の建築家仲間と共に一級建築士事務所を立ち上げました。まずは賃貸集合住宅の1階全体のリノベーションを手がけ、商業スペースへと変更。その中の一室、1DKだった物件が、現在のオフィスです。
天井は躯体を現しにして高さを活かし、コンパクトな空間を広々と見せています。ワークテーブルとカウンターは、すべて造作したもの。壁に組み込んだ鉄筋の棚や、有孔ボードの使い方など、オフィスにも収納テクニックが駆使されていました。
「今回ご紹介するのは、私が担当したアパートのリノベーション事例ですが、実は、このオフィスの建物と大家さんが同じなんです。オフィスのリノベーションを気に入ってくれたので、所有しているアパートも頼まれた、というわけです。遊び心があって、理解がある大家さんなので、自由にやらせてもらいました」(佐治さん、以下同)。
「一本の線」で家事動線を叶えたアイデア設計
佐治さんが、ユニークな収納設計の例として挙げてくれた賃貸アパートは、築約30年、23㎡の典型的な1K。何度かリフォームはされており、設備に問題はありませんでしたが、古い間取りから玄関とキッチンにはまったく日が入らない状態でした。居室も和室だったため、全体的に薄暗く、若い人から敬遠されそうな雰囲気だったそう。
「大家さんは『若い女性も快適に暮らせるような明るい部屋に』と要望されていたので、日当りと風通しの改善はマストでした。図面を見ながら、なんとなく、玄関から窓の際に向かって一本の線を引いたところ、これが偶然にも具合がよくて。斜線の片側に、サニタリー・キッチン・収納が、全部きれいに納まったんです」。 もともとはベランダ置きだったという洗濯機スペースも斜線内に取り込み、家事動線も向上しました。窓から玄関まで遮るものはないので、部屋全体に光が行き届きます。
コンパクトな空間にも、「ハレとケ」がある
ワンルームの部屋は、基本的に1人で過ごすもの。人に暮らしをあまり見せないものですが、佐治さんは、「この部屋については、ゲストを招きたくなるような空間にしたいと思った」と話します。
「一本の線で、生活に必要な設備と自由な空間とを分けたとき、頭に浮かんだのは『ハレとケ』という言葉です。斜線の片側(設備面)はケ、そして自由な空間はハレ。日常であるケの部分は、きちんと整理してモノを収める場所。一方、ハレである自由空間は、自分好みに飾って見せる場所。たとえば、お気に入りの家具を置く、グリーンをたくさん育てる、アートを飾るなど…誰かに見せたくなるくらい、暮らしを楽しめたらいいな、と思うんです」。
ハレとケのゾーニングで、暮らす人の生活にメリハリを生み出すこと。それが、このリノベーションの狙いでした。
「家具仕事」のように計算して造られたクローゼット
「用意した収納の面積は、大きすぎず、小さすぎずというところがポイントです。あまりクローゼットが多すぎても、かえってモノが増えるだけですよね」。
躯体に合わせて寸法通りにクローゼットを造るのは大変で、担当した大工さんには、『これはもはや家具工事だよ』と苦笑されたそう。扉つきのクローゼットとオープン棚もバランスよく配し、シンプルで美しいインテリアを実現しました。
「小さなワンルームでの暮らしは、狭くて不便もありますが、若い時代だからこそ楽しめるもの。リノベーションをしたこの部屋で、どんな人が、どんな暮らしをするのか…想像するだけでワクワクしますね」。
一本の斜線で空間を仕切り、細長い台形部分に生活インフラのすべてを“収納”したワンルーム。「この部屋での暮らしを楽しんでほしい」という建築家の意図は、きっと借り手に伝わっているはずです。