那須塩原、のどかな田園風景の中に建てられた注文住宅。設計を手がけたのは、「家事セラピスト」の資格を持つ女性建築家です。木の香りが漂う新築の家の中を案内していただきながら、暮らしに合った収納づくりのコツを伺いました。
村上有紀さん
「一級建築士事務所 村上建築設計室」共同主宰
「収納の悩み」を解決するため、片づけメソッドを学んだ建築家
建築家・村上有紀さんのモットーは、「家族がいて、暮らしがあり、だから住まいがある。その順番を間違えないこと」。人の暮らしを最優先に、それぞれの生活に即した家事動線を設計に反映させています。特に子育て世代をメインとした家族向けの住宅設計には定評があり、使い勝手のいい収納づくりも得意です。
「ヒアリングをする中で、収納の悩みを聞くことが多かったんです。『壁面収納にしてみたものの、使いづらい』『ウォークインクローゼットは私には合わなかった』など、収納と使い方とのミスマッチから生まれる生活の不自由さを、多くの声から感じました。これは何か具体的な手だてを習得せねばと思い立ち、10年ほど前、本格的に片づけのメソッドを学ぼうと『家事塾』の門を叩きました」(村上さん、以下同)。
「家事塾」とは、家事の大切さとノウハウを伝え、「生きる力」を育むことを目的として設立された一般社団法人。家事塾が運営する「家事セラピスト養成講座」で1級資格を取得すると、地域で「片づけ講座」などを開催することができます。
もともと、自身も片づけが得意なほうではなかった、と村上さん。家事塾で受けた講座はとても有意義で、毎日の暮らしから建築設計の仕事にまで活かせる学びがたくさんあったといいます。1年をかけて、「家事セラピスト」1級を取得されました。
「収納づくりの達人」が手がけた、那須塩原の新築住宅
資格を取得してからは、家事がしやすい家づくりの達人として、キャリアを着実に積み上げてきた村上さん。今回、栃木県那須塩原市で最近竣工したばかりの住宅に案内してくれました。
田んぼの畦道に囲まれ、雑木林を開墾したという広い土地にどっしりと佇む、S邸。存在感のある大屋根を冠した、ブラックの外観が印象的です。敷地面積は900㎡以上、家の延床面積も143㎡と、リゾート地ならではのスケール。訪れたその日は庭づくりの真っ最中で、施主のSさん家族が屋外で楽しそうに汗をかいていました。村上さんの建築事務所は都内ですが、実家が宇都宮市にあることから縁が深く、栃木県や福島県でも多くの住宅を手がけているそう。
吹き抜けの1階は、一角に和室を擁したワイドなリビング・ダイニングキッチン。奥には水回りと家族の寝室、ウォークインタイプのファミリークローゼットが。2階には、子供部屋が2つあります。
「Sさんは、もともと平屋を希望されていました。敷地の広さからスペースが生まれたので、子ども部屋にできる個室を2階につくりましたが、生活はだいたい1階で完結しています」。
家族一人ひとりの動きを考えた収納設計
土間になった玄関は、入って正面はリビングへ、左手からはシューズクローゼット&パントリーを通ってキッチンへと繋がる2つの動線が引かれています。ゲストは靴を脱いでそのままリビングへ。家族は靴をしまい、上着や荷物を整理しながらキッチンへ。玄関先の便利な収納空間は、急な来客時などには扉を閉めて隠すこともできます。
「どこに何をどれくらいしまうかという打ち合わせは綿密に行いました。Sさんはオープン収納が苦手とのことで、『隠せる』収納がご希望でした。そこで、玄関の収納空間や、キッチン、リビング周りの収納には扉をつけています」
奥にまとめたプライベートゾーンの収納例
リビング・ダイニングを抜け、サニタリーを通った突き当たりに寝室。プライベートゾーンは奥にまとめられています。サニタリーで脱衣、洗濯。スペースに余裕のあるウォークインクローゼットは、家族の衣類が整理しやすく配置されていました。
家族のコミュニケーションを図る、2階のキャットウォーク
2階の子ども部屋も、動線に配慮。玄関からリビングを通って、家族の顔を見ながら階段へ。部屋の前にL字に張り巡らされたオープンな廊下は、1階にいる家族の気配をいつでも感じていられるように設計されています。
「吹き抜け上の廊下はキャットウォークと呼んでいるのですが、リビングから見上げれば、ちょうど視線が合う高さ。成長するにつれて、家族のコミュニケーションには親子双方の努力が必要になりますよね。いつでも顔が見られる安心感は、家族関係を良好にすると思います」。
家づくりの前に必ず行っておきたい「家事のデザインワーク」
新しい家の家事動線と収納プランを考える前に、村上さんがまず行うのが、「家事のデザインワーク」と呼ばれる打ち合わせです。
「現状の暮らしに、何がどこに置いてあるか。出しっ放しになっているもの、収納で困っている部分はどこかを洗い出していく作業です。たとえば、玄関前にバッグを置きっぱなしにしてしまう習慣があるなら、新しい家では、そこにバッグを収納できるポイントをつくればいい。S邸も、こうしたプロセスを経て収納をつくっていきました。その人に合った収納づくりのヒントは、普段の生活習慣にあるんですよ」。
収納に生活を無理に合わせようとすれば、どうしても「頑張る暮らし」になってしまう、と村上さん。新しい家を建てるときは、ソフトとハードを整えるタイミングだと指南します。家事セラピストの視点で設計を考える建築家の言葉は、どれも深みがありました。