読書にDIY、ガーデニング…リタイア後の暮らしを悠々と楽しむアクティブシニアのために建てられた、快適な注文住宅を取材しました。先々を見据えた家事動線と、大切なものを管理するための収納プランがきっちりと整ったその家は、シニアだけでなく、マイホームを思案中の人にも参考になることうけあいです。
小野育代さん
「小野育代建築設計事務所」
書斎・廊下・階段にライブラリーを設けた、図書館のような家
「リタイア後は、庭で草花や野菜を育て、雨の日は室内で本を読む。まさに、晴耕雨読な暮らしを夢見ていました」。
そう話すのは、一昨年、神奈川県鎌倉市内に注文住宅を建てた60代のSさんご夫婦。
それまでは横浜市内の分譲マンションに暮らし、共働きをしながら、『終の住処』についてずっと構想を練り、図面まで描いていたそう。その想いを具現化したのは、建築家の小野育代さんでした。
「3000冊以上ある蔵書、500枚以上のCD・DVDなど、大切なものが管理できる広い書斎。趣味のDIYができる工房など…何がしたくて、どんな部屋や収納が欲しいか、Sさんの要望はかなりまとまっていました。私は、そのプランから、具体的な動線を整理し、カタチにするお手伝いをさせていただいた、という感じです。本当にしたかった暮らしを実現されているお2人から、学ぶことがたくさんありました」(小野さん、以下同)。
90坪というゆとりのある敷地に建てられたその家は、延床面積約45坪と広々。圧巻なのは、なんといっても膨大な蔵書をすっきりと納めたライブラリーです。2階に設けられた書斎はもちろん、廊下、階段部分に、オリジナルの書棚が造作されていました。
「厚みのあるツーバイテン(2×10)材を使用し、奥行きも計算して、本の物量と存在感が浮き立たないようなデザインの書棚をつくりました。書店とは違い、家の中なので、インテリアとしても本がしっくりと馴染むように工夫をしています」。
専用の工房で思い切りDIYを楽しみ、家中を自分流にカスタマイズ
1階に隣接するように、庭にはDIY専用の工房が建てられていました。エアコン完備の本格的な空間で、壁には有孔ボードが駆使され、さまざまな工具が使いやすくディスプレイ収納されています。Sさんは、念願の工房を手に入れて、マンション暮らしだった時にはできなかったDIYに夢中になっているといいます。
「ある程度、家を建てる際に収納は用意するのですが、実際に暮らしてみると、『ここにこんな収納があると便利だな』ということが少しずつわかってきますよね。Sさんがご自身で造られた収納を今回いろいろと見せていただいて、とても参考になりました。暮らしながら足していく収納の好例だと思います」。
行き止まりのない動線と、適材適所に用意された収納の工夫
小野さんが個人住宅をつくる際、いつも大切にしているのは、スムーズな動線。回遊性が高いSさんの家も、考え抜かれた家事動線に沿って、随所に収納が用意されていました。
玄関は、右から上がれば客間へ。左から上がれば、クローゼットのある通路を通ってキッチンへ抜けられます。外出から戻ったら、クローゼットにさっと靴や上着を置いて、荷物はそのままキッチンへ。よく使うバッグ類も、玄関前のクローゼットで管理できます。
「ゲストを招く1階は、いわばパブリックな空間。生活動線をキープしながら、プライベートな収納部分は適度に隠せるように、引き戸や扉をつけました。整理整頓しやすく、急な来客にも対応できると思います」。
何歳になっても、快適に。暮らす人のニーズと将来設計に合わせて収納をつくる
パブリックな性格を持つ1階に対し、大好きな書斎と夫婦の寝室、そしてバスルームを備えた2階は、プライベートな空間。収納を備えた洗面所の先には、そのまま洗濯物が干せるサンルームも用意されていました。ちょっとした広さがあるそのスペースにはテーブルと椅子が置かれ、夫婦の憩いの場となっています。
「『歳を重ねることを考えて、あまり階段を上り下りしなくてもいいように、2階に水回りを集めたい』というご要望を受けて、2階にも簡易キッチンをつくりました。家事の合間や、就寝前に、ちょっと飲み物が欲しい、そんなときに活用されているようです。サンルームの活用法も、ただ便利なだけではなく、ご夫婦での毎日を心から楽しまれている様子が伝わってきますよね」。
暮らす人の習慣について話を聞きながら、収納を考えていくのが好き、と小野さん。
「『新聞やメガネはここに置く』など、人それぞれ、ちょっとした暮らしの習慣というものがありますよね。持ち物の量だけでなく、そんな暮らしの習慣を伺って、収納プランを組み立てていくのは、とても楽しいです。Sさんとたくさんお話をしながらつくったこの家は、その時だけの便利さではなく、一歩先のプランまで考えておくことの大切さを実感させてくれました。美しい収納が、Sさんご夫妻の人生を物語っていると思います」。
60歳を過ぎてからの、大人の家づくり。
そこには、大切にしてきたものを丁寧に整理しながら、積み重ねてきた暮らしの知恵を駆使し、さらにその先の人生を快適に、楽しく過ごすためのヒントがたくさんありました。