幾度もの自然災害に見舞われた近年、『フェーズフリー』という言葉に注目が集まっています。今回取材したのは、フェーズフリー住宅を手がける女性建築家のご自宅。爽やかな木の香りが漂う自然派住宅で、平常時も災害時も安心して暮らし続けるための収納テクニックについて伺いました。
松山千晶さん
「ゆくり設計室」代表
リビングにファミリークローゼットを設けた、空気がおいしい家
長年シックハウス対策に取り組んできた建築家の松山千晶さん。接着剤を多様した合板を用いず、無垢の木材や漆喰などの自然素材で造られたご自宅は、一歩足を踏み入れた途端に、なんとも爽やかな空気が満ちているのを感じます。建坪は23坪、間取りは1LDK+書斎コーナー+ロフトとコンパクトながら、とても広々とした印象を受けました。
「人が通る階段や廊下は、一般的なサイズよりも柱一本分くらい広めに設計しています。空間を全部つなげて視点を長くし、部屋の端から端まで見えるようにしてあるので、広く感じるのだと思います。」(松山さん、以下同)。
玄関にはシュークローゼットがあり、入ってすぐのリビング(8畳)には、ファミリークローゼットが設えてありました。ファミリークローゼットには、奥行きを感じさせる簾戸が2つ。左の簾戸はご主人が、右は松山さんが使い、内側も左右でテリトリーを決めつつ、共有スペースとして利用しています。
「2階など、クローゼットが離れた場所にあると、出し入れも面倒ですし、どうしても玄関周りが散らかりがちになります。玄関から近い場所にファミリークローゼットを設けることで、すぐに着替えもできて、動線の無駄を省くことができるんですよ」。
プチストレスとはさようなら。造作キッチンの収納テクニック
1階には、クローゼットと洗面所以外、ほとんど建具がありません。冷房効率を高めるために、リビングとダイニング、階段を仕切るのはロールスクリーンです。キッチンとダイニング周りには市販の家具はなく、大部分が造作されたものでした。
「扇型のダイニングテーブルは、古いケヤキの梁を製材し、友人の家具作家につくってもらったものです。ヒノキのベンチ兼収納は、動かすことができるんですよ。椅子としてはもちろん、大人数の来客の時にはリビングでテーブル代わりにもなりますし、ディスプレイコーナーとして使うことができます」。
造作キッチンは、天板も松山さんが図面を引いて板金屋さんにつくってもらったそう。調理動線を徹底的に考えて組み合わせた収納レイアウトが自慢です。
「システムキッチンって、意外と適材適所ではないんですよね。調理中にいったん移動して引き出しを開けたり、シンクから食洗機にお皿を移すときに水が滴ったり…そういう細かなストレスを全部なくしたいと思ってつくったキッチンです」。
防災対策が暮らしのバリューになる、『フェーズフリー』住宅の収納アイデア
松山さんは現在、NPO法人「フェーズフリー建築協会」に所属し、フェーズフリー住宅の普及に取り組んでいます。
『フェーズフリー』とは、平常時・災害時という2つのフェーズ(社会の状態)にかかわらず、常に適切な生活の質を確保しようとする新しい考え方(NPO法人フェーズフリー建築協会HPより抜粋)のこと。
「防災というと、どうしても日常と切り離して考えてしまいますが、私たちは、防災対策自体が暮らしのバリューになるという家づくりを目指しています。例えば、荷物を家の中にすぐに運び込める場所に勝手口をつくり、そこに収納も備えることで、日常の便利な収納と非常口とを兼ねる。日常と災害時を、ダブルスタンダードで考えるんですね」。
フェーズフリー住宅にとって、収納の場所とつくり方は特に重要な要素だと松山さんは言います。
「地震の際にも倒れてこない造作収納が基本です。モノの持ち方も『ローリングストック』といって、水や食料などは好みのものを日常的にストックして使い続けていく。何も災害に遭ったからといって必ず非常食を食べなければいけないというわけでもないですしね。防災の用意を組み込んだ、日常的な収納スタイルが、毎日の暮らしの価値を上げてくれるんです」。
日常を防災につなげる空間設計と、非常時にも生活レベルを保つローリングストック収納。そして、動線上には余計なモノがない、シンプルなインテリア。
松山さんのフェーズフリーな自然派住宅は、これまでの「防災」のイメージを覆し、センスのよさが行き届いているのが特徴。毎日の暮らしをきちんと楽しみながらも、備えは万端。そんなさりげなさが素敵です。
災害大国日本、これからの家づくりのキーワード、『フェーズフリー』。まずは収納面から取り入れてみるのはいかがでしょうか。