今回の暮らしの取捨選択に登場するのは作家・エッセイストの大平一枝さん。「ワーキングマザー」「ワンオペ」といった言葉もまだない時代から、葛藤を胸に仕事と子育てを並行してきました。当時の苦い思い出、そして自身の変化。「今の自分に必要なこと」「手放してきたモノ」についても詳しく話を伺いました。前後編連載。前編はこちら

HOUSTO 編集部

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モノは少なければいいのではない。「数」や「型」に縛られず、今の自分に必要なモノは増やしていくつもり

大平さん宅の台所には、ガラスの空き瓶がたくさんあります。自家製の梅干しや山椒の醤油漬けといった、手づくりの保存食を小分けにするときに使うためのものです。

「以前、今よりも手狭な家に住んでいたころ、ガラス瓶は3個までしか持たないと決めていました。他の持ち物も、収納スペースに合わせて所持数を細かく設定。実家の母が空き瓶をたくさん持っていたのを見て、なぜこんなに持つのだろう。なぜ捨てられないのだろうと疑問に思っていました。でも、価値観は少しずつ変化していくものなのですね。離れて暮らす息子に梅干しや味噌を持たせてあげたいと思う今の私にとって、空き瓶は必要なモノ。当時は数を決めることで暮らしがうまく回っていたけれど、今は違います。こうしたいと思う自分の気持ちを抑えてまで、モノの数を決めなくてもいいのではないか。そう思えるようになりました」

心の栄養となる本も、大平さんが意識的に増やしたいと考えているモノのひとつ。

「心が疲れたときに拠り所となるモノは人それぞれ。私の場合は、やはり本でした。最近では近代短編小説の名作選に魅了されています。歳を重ねると好きな作家の本しか手に取らなくなり、書店でも決まった棚しか覗かない。でも、名作選はこれまで馴染みのなかったジャンルや作家さんに出合えるところがいいのです。木内昇さんは短編小説集で作品を初読し、単著の短編集を購入しました。池田晶子さんが書かれた最後のエッセイ集『暮らしの哲学』も手放せません。読み返すたびに新しい発見があります」

数の制限と同じく、大平さんは何かを「型」に当てはめて考えることもやめたそうです。

「例えばインテリアは和風モダン、北欧風など型やスタイルに分類して考えることが多いけれど、私の選択基準は『使うほどに味わいが増すモノかどうか』。家具や服、器の多くを、この基準を満たしているかどうかで選んでいます。心地よさを計る物差しのようなものです。どんなスタイルのモノを選んだとしても、ここがブレなければ私らしさを保てると思っています」

リビングに据えた大黒柱は、以前住んでいた家から持ち込んだ。柿渋が塗られており、経年変化が味になっていく。「こどもたちも、わが家の目印だと言っています」

長く生きていれば、ライフスタイルや家族構成、価値観はどんどん変わっていくもの。そして変わるスピードもどんどん早くなっている気がする、と大平さんは言います。

「SNSなどで見る素敵な暮らしと自身を比べ、落ち込む人もいるかもしれません。でも、それに憧れている価値観すらも長い目で見れば一瞬で変わってしまうかもしれない不確かなものです。だから私は人の真似をするより、自分だけの物差しを大切にしたいのです」

誰かの役に立つ文章を死ぬまで書き続ける。そのためには、思考を深める時間が必要です

子育てはひと段落しているものの、ここ数年はブルドーザー時代のような忙しさが再来。大平さんの仕事サイクルは、どうやら15年周期でオーバーワークに陥る定めなのかもしれません。

「声をかけられるとうれしくて、つい引き受けてしまう自分がいます。でも仕事を受けるほど書くモノは雑になり、クオリティが落ち、落ちないように頑張ろうとすればどこかにしわ寄せが来る。私自身は変わっているつもりでも、30代のあの頃からじつはまったく成長できていないのかもしれませんね」

現在59歳。体力が落ちていく中で、大平さんはゆとりのある時間を確保したいと感じているそう。

「仕事は死ぬまで続けたい。人様にお金を出して買ってもらえるような本を書き続けるために、残り時間と真摯に向き合わなくてはなりません。スマホ、特にSNSとの距離感を考え直すタイミングに来ているのかな、と。情報に流されず、思考を深めていくことにもっと時間を使いたい。残された時間をどう暮らしていくか、どう生きていきたいか。答えはまだ出ていませんが、これからもっと向き合っていこうと思っています」

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今回教えてもらったのは……

  • 大平一枝さん
    作家・エッセイスト。1964年生まれ。市井の生活者を独自の目線で描くルポタージュ、失いたくないもの・コト・価値観をテーマにしたエッセイを執筆。著書に『そこに定食屋があるかぎり』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』ほか、『人生フルーツサンド』、『東京の台所』ほか多数。

    https://www.kurashi-no-gara.com/

書籍紹介

こんなふうに、暮らしと人を書いてきた(著:大平一枝)
平凡社
1,760円(税込)
https://www.heibonsha.co.jp/book/b643615.html

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