今回の「暮らしの取捨選択」に登場するのは、長野・松本でバスケット専門店「カゴアミドリ」を営む伊藤朝子さんです。東京から松本への移住、家族3人で暮らす自宅でのかご使いについて詳しく教えていただきました。前編はこちら
仕事と暮らしの拠点を長野にシフト。移住先は松本以外に考えられませんでした
国内外のかごを取り扱う「カゴアミドリ」は、オンラインショップほか松本に実店舗を構えています。夫である征一郎さんとともに店主を務めるのは、伊藤朝子さん。2024年夏に、家族で松本に越してきました。
「松本店は2022年3月にオープン。コロナ禍で自由に移動ができない状況下、かごの作り手や産地に自分たちから近づいてみようという思いがありました。当時は東京の国立店と2店舗を運営。松本店は夫が二拠点生活を続けながら運営してきましたが、今年の7月いっぱいで国立店を閉め、私と娘も松本に拠点を移しました」
伊藤さんの中には、松本店を開いた当時から「いつかはここに移住できたら」という思いがあったそうです。
「山が近く、自然豊かでありながら街は活気づいていて、東京へのアクセスもいい。近辺には以前からお付き合いのあるつくり手さんも多くいます。毎年クラフトフェアが開催され、手仕事への関心が高い人々を引きつける土地柄。以前から松本に魅力を感じていて、東京を離れて住むならここだと感じていました」
必要以上に買わない暮らしを目指して。お金を出して買うことは、つくった人との関係を築くことです
伊藤さんがかごに惹かれた理由はいくつかありますが、特に「つくり手の顔が見える」「ずっと使い続けられる」ということが挙げられます。
「ものづくりの世界に触れるようになって、『買う』という行為をより深くとらえるようになりました。商品とは、自分ではつくれないものを誰かが代わりにつくって用意してくれたもの。お金を出して何かを買うとき、工業製品であっても誰がどんなふうにつくったのだろうと考えます。買うこと・買わないことが持つ意味を意識するようになりました」
どんな思いでつくり、届けようとしたのか。それを想像すると、買い物はつくり手との関係を築き上げることなのだと気づかされます。伊藤さんは社会や環境への影響も考えながら、じっくり時間をかけてモノを選びます。
「つくられた背景を知ることで自分の視野はより広がります。今の仕事を始めて、さらにそれを実感するように。仕事柄、かごは家にたくさんありますが、どれも大事に使い続けています。松本への引越しもできるだけ新しいモノは買わず、すでにあるモノを生かすように」
伊藤さんが現在使っている冷蔵庫は、じつは一人暮らし用サイズです。征一郎さんがひとりで松本に滞在する際に使っていたモノを、そのまま使うことにしたそう。
「家族3人ではだいぶ小さいのですが、やってみたら案外やっていけるものです」
仕事を通じて自己表現したいタイプ。公私の線引きをせず、ライフワークとして楽しんでいます
松本での暮らしは、東京とはまったく異なる「豊かさ」に関心を向けるきっかけにもなりました。
「まず、街のあちこちで湧水が汲めることに驚きました。水に恵まれた街です。山も以前より身近に感じられるように。森林や農業、伝統食、地名や地形に至るまで、古い松本の街に根づいているモノにとても興味を引かれます」
松本は事業や活動を活発に行う個人事業主が多く、小さな街で個性を発揮する人たちに刺激を受ける日々だと話す伊藤さん。
「彼らの存在は間違いなく、松本の魅力や豊かさの一端を担っています。私たちもそんな一要素になれたらという思いがより強くなりました」
もともと、夫婦ともに仕事人間。休みがあっても、かごのことばかり考えているといいます。
「まとまった休みがあれば、かごの産地に行くことが多いかもしれません。仕事とプライベートの境目はあまりなく、日々の関心ごとをどう仕事と絡めていくかを考えるのが楽しいですね。つくり手との関係はより強く、濃いものに。産地に住んでいる利点を生かし、伝え手からつくり手の方向に近づく活動もしていきたいと思っています。人と人、モノと人。松本を拠点に、モノと人を双方向でつないでいける存在になれたらうれしいです」
伊藤さんの暮らしの工夫
置くモノが多い玄関。アイテムごとに分け、かごに収納
玄関には、かごをいくつか並べてマフラーなどの防寒アイテムを収納。「素材や色味が違っても、かごというくくりで見ればうまくなじんでくれます」。車の鍵などを置いている浅めのトレーは、木の脚がついた珍しいデザイン。フランスのつくり手による一点モノです。
かごにしまえば、日用品に統一感を出せる
洗濯用のピンチハンガーなど、どうしても生活感が出てしまうアイテム。かごに入れることですっきり目隠しできます。「ハンガーを入れているのは、イギリスの樽板かご(右)。酪農や畑での収穫に使われるもので、とても丈夫です」
大きなかごは床に置いて。上から中身を把握しやすい
山形県のあけび素材でつくったかご(右)には、ワインボトルなどを収納。うまく目隠ししてくれるうえ、立ったまま上から中身を確認しやすくなっています。「ブランケットを入れているのは、イギリスのやなぎバスケット(左)。クランバスケットと言われていて、水揚げしたニシンの運搬と計量(単位はクラン)に使われていたのが名前の由来です」
今回教えてもらったのは……
-
伊藤朝子さん
日本・世界のかごを取り扱うバスケット専門店「カゴアミドリ」を夫とともに営む。かごの産地を訪れ、つくり手を訪ねるのもライフワークのひとつ。長野・松本にある実店舗では企画展や環境にまつわるイベントを定期的に開催している。品揃えが豊富なオンラインショップも好評。