アフロヘアが印象的な稲垣えみ子さん。新聞記者というキャリアを自ら終了した後、広い家、家電をはじめ、買い集めてきたさまざまなモノたちともお別れをして、小さな暮らしにリサイズしました。いらないものを削ぎ落とした稲垣さんの生活において、さて、「収納」とは…?

HOUSTO 編集部

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モノを持たない稲垣さんに、収納の話を聞いてみた

東日本大震災の原発事故をきっかけに節電をはじめ、家電(なんと、冷蔵庫や洗濯機までも!)など持ち物を大幅に減らしたという稲垣えみ子さん。大手新聞社を退社した後のミニマルな暮らしぶりが話題になっています。

そんな稲垣さんに、「収納についてお話を聞かせてください」とお願いすると、「私でいいんですか?」という言葉が返ってきました。

現在の暮らしをするなかで、収納をどう考えているの?
所持品を大幅に減らした後でも使っているモノとは?
稲垣さんにとって、収納は、必要? それとも不要?

HOUSTO編集部は、とても興味があったのです。

インタビューは、稲垣さんがいつもオフィス替わりにしているというブックカフェで。そこで語られた言葉は、一つひとつがユニーク。そして、収納と空間の概念を考えさせられるモノでした。

究極に収納のない家に暮らすため、「江戸の長屋暮らし」をリサーチ

撮影:稲垣えみ子

「住んでいるのは、30㎡ちょっとの、古いマンションです。この物件、収納がまったくありません。不動産屋さんも、『ここで人が暮らすのは無理じゃないですかね』という感じで紹介してくれました。私は持っていないからいいんですけど、今どき冷蔵庫置き場も洗濯機置き場もない。さらに、収納に関して言えば、押入れも靴入れもないというなかなかハードな物件でした。当たり前にあるはずの備え付け収納が、ことごとくないんです。
もともとモノはそれなりに減らしていきたいという気持ちではいましたが、『収納がない』という状況は、さすがに想定外でした」。

究極に小さな家に住み替えるために、稲垣さんが参考にしたのは、なんと「江戸の長屋暮らし」。

「これほどの家に暮らすのは初めてなので、お手本的なものが欲しい、と思いました。そこで、『江戸東京博物館』に貧乏長屋の再現を見にいったんです。実際みたら、ビックリ。まさに押入れすらないんです!では布団はどうしているかというと、畳んで隅に寄せて、衝立で隠していた。着るものは、柳行李(やなぎごうり)の収納と衣紋掛けに吊るすのみ。

四畳半くらいの空間を、昼はちゃぶ台を出して居間に、夜は布団を敷いて寝室と使い分けている。さらに、食事が終わったら仕事道具を広げて仕事をしている人もいるんですよ。
これは空間の使い方がめちゃくちゃマルチだな、と思いました。片付けが得意で、けじめのある人間にしかできない暮らしです。自分も含めて、そんなスキルを持っている人が、現代にどれだけいるのかなと思いました。江戸時代の長屋は、実はスーパーな人たちの集団だったんですよ!」。

家を小さくし、最低限のモノで暮らすことに、転落・惨めといったマイナスイメージもあったものの、この江戸長屋の暮らしを見て、「自分を進化させなければこの暮らしはできない。チャレンジだと思った」という稲垣さん。築50年の小さなマンションに引っ越して、自身のスキルアップを決意したのでした。

柳行李の替わりに購入した、50年前のチェストがメインの収納

撮影:稲垣えみ子

「引っ越しを決めてからは、ガンガンとモノを整理しました。そんなにたくさんは持っていないつもりでしたが、何しろ収納がないので、近所の中古家具屋で買ったチェストに全部入れるしかない。しかしこれが思った以上にハードで。何しろ服と言ったってコートもストールも下着も小物もある。さらには書類など仕事の道具も全部ここに収めないといけない。何もかも、究極まで減らさざるをえなくなりました。仕事関係のものは過去の資料や名刺は全部捨てましたし、洋服もいわゆるフランス人レベル、シーズンに10着くらいに減らし、何とかこの中に全部収まったときは本当にホッとしましたね。」

稲垣さんのご自宅の写真を見ると、意外と「ミニマリストの部屋」と呼べるほどの寂しさは感じられません。古くて使い込まれたアイテムがほどよく混在するインテリアには、これまでの人生で素敵なモノを眺め、独特のセンスを築いてきた稲垣さんの審美眼が伺えます。
では、以前はたくさんのモノに囲まれていたという稲垣さんが、削ぎ落とした後にも愛用しているモノとは、どんなモノなのでしょうか。

たくさん持っていることが贅沢じゃない。本当に必要なモノだけに絞り込む技術

撮影:稲垣えみ子

「収納がない家で暮らすということは、暮らしそのものを変えることでもありました。例えば冷蔵庫がないと手の込んだ食事はつくれない。そう割り切ってしまえばカトラリー類はいらないし、一人暮らしだからお箸が一膳あればいい。ご飯と味噌汁程度しか作らなければ計量カップやスプーンもいらない。で、残った調理器具と言えば、木のスプーンだけ(笑)。この間、不注意で焦がしてしまったんですが、『まだ使えるよね』って」

撮影:稲垣えみ子

食器も、ゲスト用はすべて処分。食材のストックも、乾物や梅干し程度。多彩な調味料もやめて、塩・コショウ・醤油・味噌・酢のみにしたそう。

「私の家の中にあるものの中で、今や出番のないモノは何もない。モノとの関係が濃いんです。だから、もう容易には捨てられません。焦がしたスプーンも、ちょっと形が変わった程度ではとても捨てられません!」。

稲垣さんの自炊メニュー。冬の定番、おじやと赤かぶ漬け。木のスプーンは、調理だけでなくカトラリーとしても活躍しています。(撮影:稲垣えみ子)

モノを持っていた過去があるからこその“一軍のモノ”の選び方

「モノを整理したことは、自分が「最低限必要なもの」を考えるきっかけになりました。キッチン用品を見直したら、菜箸が3膳ありました。そこから一番気に入ったものを選び、1膳にした。そうやって一つ一つ絞り込んでいきました。洋服もそうです。『いつか着るかも』と思ってずっとしまい込んでいたアイテムには、“追試”をしました。あえて一回着て出かけてみるんです。そうすると、その洋服をあまり着ない理由がよくわかる。このまま置いておいてもやっぱりその理由は変わらないから、きっとこれからも着ないんです。となれば、もっと似合う人のところへ貰われていった方がいいと自分でも納得できる。追試はいいですよ。いる・いらないがよくわかります」。

今あるモノのを10から1へと減らしていく。そうして残った1には、絶対的な価値がある、と稲垣さんは断言します。

「残った1は、まさに一軍選手。ミラクルなんです。だから、何の疑問もなく使い続けることができます。逆に、省いた9は、できるだけ引き取り手を探すようにしています。もともと好きで買ったものだから、私には合わなくてもも、他の人に合えばよかったなとこ心から思う。会社でも、活躍の場を変えたら人が輝くことがありますよね。モノの見直しは、人事異動と同じです」。

収納のない家で気づいた、モノのない暮らしの豊さ

「私は、モノを買う楽しさ、たくさん所有する豊かさを実感しながら生きてきた世代です。でも、そういう豊かさってキリがないんですよね。何かを手に入れても、またすぐに別の何かが欲しくなる。そして気づけば、身の回りには使わないものがギッシリと溢れている。これが本当に自分の求めた豊かさだったのか、いつになったらこのサイクルから解放されるのか、次第に閉塞感を感じるようになっていました。
それが思いがけず収納のない家に暮らすことになって、本当に自分が必要なものを改めて考えることができました。今は、必要なものは全て持っていると実感できているので、ものが増えると圧迫感を感じます。自分がちゃんと管理できる量しか持たない暮らしは、自由で憂いがなくなると感じています」

今やものを減らすことは「貯金」の感覚に近い、と稲垣さん。ないならないなりに工夫する力が身につくからだそうです。モノをなくす方向にも、面白さや豊かさがあるという「未踏の鉱脈」を見つけた感覚があると言います。

「この収納がほとんどない家に引っ越したことが、大きなきっかけを与えてくれました。今は、多くの便利なモノがなくても、少ないモノだけで生きていけるという考え方に、とても助けられています」。

収納は、暮らしに欠かせないもの。
でも、収納は小さくていい。
そこに収めるモノは、本当に必要かどうかを確かめた一軍のアイテムに限る。

稲垣さんの「収納論」は、古来日本人が持っていた生活力を再発見させてくれるものでした。本当に必要なモノを選び抜き、大切に使うという習慣。身近なところから、実践してみたくなりますね。

今回教えてくれたのは…

  • 稲垣えみ子(いながき・えみこ)
    1966年生まれ。一橋大学社会学部卒業。朝日新聞入社。論説委員、編集委員をつとめ、アフロヘアの写真入り連載コラムやTV出演などで注目を集める。2016年に退社。
    著書に『アフロ記者』(朝日新聞出版)、『魂の退社』『寂しい生活』『人生はどこでもドア:リヨンの14日間』(東洋経済新報社)、『もうレシピ本はいらない』「アフロえみ子の式の食卓」(マガジンハウス)などがある。