引っ越し業界で働いた経験から、空間と心の関係に着目し、心理学を学んで空間心理カウンセラーに。独自の研究を重ねて、現在は“片づけ心理研究家”として多方面で活躍する伊藤勇司さんに、家族みんなで楽しく片づけができるルールづくりの秘訣をうかがいました。
「家族が部屋をきれいにしてくれない!」と怒る前に知ってほしい、片づけの大前提とは
…とある夕方の風景。
長男のランドセルがリビングにドーン。部屋のあちこちには幼い長女のおもちゃが散乱。「片づけなさいよー!」と声をかけながら、お母さんは夕飯づくりに大忙しです。やがてお父さんが帰宅して、玄関前にバッグと上着を無造作に置いたまま部屋に入ってきます。洋服を脱ぎ散らかしてお風呂に入るお父さんとこどもたち。さあ、いよいよご飯のその前に、ため息をつきながらテーブルの上を片づけるお母さん…。
「もう!どうしてわが家はいつもこうなのかしら。みんなどうしたら片づけをしてくれるの!?」
家族が積極的に片づけてくれないから、家の中がいつも散らかっている。だから一日中怒ってばかり…。そんな悩みを持っているお母さんは、とても多いと思います。
伊藤さん、どうしたらいいのでしょうか…?
「まず、『個人の片づけ』と『家族の片づけ』は明確に違う、という大前提を知っておく必要がありますね。自分の部屋ならばパーソナルでその人らしい空間ができますが、家族はたとえ親子であっても、価値観や考え方は違います。家族として、どう過ごしていきたいのかという方向性を共有する必要があるんですよ。家族の場合、パワーバランスが強い人に押し切られてしまう、という実情があります。『片づけなさい!』といつも怒っているお母さん、これがまさにパワーバランスが強い人(笑)。だから家族は、片づけのことを、『お母さんの言う通りにやらなければならないもの。叱られてやるもの』という風に認識して、シブシブやる行為になってしまうんです。片づけを強要されたら、どうですか? 勉強と同じで、『今やろうと思ってたのに…』が続くと、嫌いになってしまいますよね」。
「あなたのための片づけなんだよ」を上手に共有するためのイメージづくり
きれいにしたいという希望と、目の前の散らかった状況とのギャップに、心がバラバラになってしまうお母さんはたくさんいます、と伊藤さん。ルールのない片づけを強要されることで、家族関係がギスギスしてしまうこともあると言います。
「片づけは、考え方を構築する行為。発想のスタートを、思い切って転換させることです。“きれいな部屋。そこで過ごす心地のいい時間”。こうしたイメージをまずつくって、そこにたどり着くためにはどう動くか。明確なイメージから逆算して、今の行動をつくるといいんですね。散らかしっぱなしのお子さんや、ご主人に対しても、『あなたが心地よくいられるための、あなたのための片づけなんだよ』という気持ちを、いかに共有するか。『お母さんがイライラするから片づけて』ではダメなんです。家族として、みんなで心地よく過ごそうよ、という提案から入るということですね。そして共通認識をつくるんです」。
自身も1歳と7歳のこどもを持つ伊藤さん。特に上のお子さんとは、片づけを遊び感覚で楽しんでいると言います。
「お風呂に入ったときも、『あ、ここ磨いてあげたらもっとキレイになるよ、そうなるとママ喜ぶよ』。食事も、『食べた食器をすぐに洗うと、パパはすっごく気持ちいいんだよね!』と教えています。ポイントは、一緒に片づけを行う際に、感情と感覚を伝えること。こどもって、親の真似をしたいんですよね。親が嬉しそうにしてやっていることは、喜んでやります。遊び感覚で、考え方を導いてあげてください。『パパ、ママが楽しそうにやっているから、やってみよう』から始まって、『やってみたら、本当に心地がいい!』この繰り返しで、片づけの意欲を定着させましょう」。
漠然と「片づけて!」では伝わらない。具体的に何をどうやってどこにしまうかを明確に
「叱られるだけでルールも明確な指示もないままでは、片づけは上手になりません。こどもって、遊んでいるときに散らかしているという意識はないんですよ。ただ、楽しいからいろいろと取り出しているだけ。なのに、『散らかさないで!』と言われ続けたこどもには、罪悪感が残ってしまう。これは、悪循環です」
遊びは思いきりやればいい。
でも、最後にはきちんと片づけると。次の日も気持ちよく遊びをスタートすることができる。こうしたイメージを、こどもと共有するためには、「片づけまでを遊びの範疇に入れて」と伊藤さんはアドバイスします。
「おもちゃはこの箱だよ。本はこうして、順番に入れてあげたらきれいだよね。そんな風に、わかりやすくこどもとやってあげること。さあ、何分でできるかな? とタイマーで測ってあげるのもいいですね。楽しいと判断してくれればOK。そこまでは、きちんと大人が一緒になってやることです。はじめは少し根気はいるかもしれませんが、大人自身も、こどもとの片づけを楽しんでしまえばいいんですよ」
家族会議で、みんなの片づけ&収納ルールを決めよう!
「家族会議って、そんなに大袈裟なことではなくていいんです。一つずつ、家の中の問題点を話し合って、改善していく。例えば、玄関前にカバンを放置するクセがあるご主人がいたとします。いつも玄関前にモノがあること当たり前になっていたら、こどもたちも真似してしまうはずなんですね」。
お母さん:玄関前のカバンなんだけど、玄関前にカバンがあったら、どうかな?気持ちいい?
お父さん:邪魔だよね…。わかってはいるんだけど…。
長男:うん、邪魔。ボクいつも飛び越えてる。玄関にフックをつけて収納するのはどう?
長女:重すぎて、無理かも?
お父さん:じゃあ、棚を用意するというのは?
お母さん:掃除がしにくくならないかな。
長女:そうだ! 玄関横の物入れを整理して、そこに置くことにしたら?
お父さん:あそこを整理して、収納棚をつけたら、みんなで使えるよね。日曜日にみんなでやってみようかな。
長男:ボクも手伝うよ!
「こんなふうに、小さな議題でも、家族みんなで意見を出し合う。この『参加をする』という心理がとても大切なんです。これは参加の原理と言って、当事者意識を生み出します。意見が採用されなかったとしても、納得しやすいんですね。家族の考えをまとめて、家の中の問題点が解決すると、気分もいい。家族関係も良くなるはずですよ」。
頭の中のゴチャつきもスッキリさせて、片づけ&収納名人に
「家事、育児、仕事、その合間にスマホやPCから溢れてくる情報…。片づけられない人は、脳疲労が原因なことも多いと思います。そういう場合は、日常の中で、情報を限定する習慣をつけるといいですよ。1アクション、1タスクと言って、一つの行為に集中することで、行動スピードが上がります。キャンドルの火を見つめたり、視点を集中させるだけでも、頭の中がスッキリ、能率も上がりますよ。片づけも、本だけ集めてみるとか、この部分だけきれいにする、という感じでやってみるのがおすすめです。僕がやっているのは、お金を磨くということ。硬貨をピカピカに磨くことで集中して無心になれます」。
漠然とした「片づけ」ではなく、1つに集中してやってみること。具体的にアクションを起こせば、不安は軽くなり、日常のストレスが圧倒的に減っていくと伊藤さんは言います。
片づけ、そして収納は、一生続くもの。
やらなければ、ではなく、こんな自分になりたいから片づけたい、という前向きな気持ちになれたら、しめたものです。そしてそれを、家族みんなで気持ちを共有させること。
毎日をハッピーに過ごす秘訣は、まずは家族の意識改革にあると言えそうですね。
今回教えてくれたのは…
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伊藤勇司(いとう・ゆうじ)
空間心理カウンセラー、日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー。引っ越し業界で働いていたとき、部屋と心の相関性に着目し、現場で見た家とそこに住む家族や人との関わりを研究する。片づけの悩みを心理的な側面から解決する空間心理カウンセラーとして、2008年に独立。セミナー、講演、セッションなどのサポートを行った人数は10,000名以上に上る。著書に『家族を救う片づけ』(KADOKAWA)、『夢を叶える21日間プログラム 片づけ心理マジック』(笠倉出版社)ほか多数。