「片付けは明日でいいや」「家事がなかなかルーティンにならない」と悩む人は多いもの。また、「今日もちゃんと片付けができなかった」「手の込んだ料理をつくれない自分はダメだ」…と家事に対して自分を追い込む人も少なくありません。がんばれない人も、がんばりすぎる人も、実はその根っこには共通する心の仕組みがある。そう心理学の視点から解き明かしたのが、モチベーション(動機づけ)研究の専門家・筑波大学教授の外山美樹さん。今回は、心理学における「がんばり」を、家事労働という毎日の現場に当てはめてお話しいただきました。

HOUSTO 編集部

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今回教えてもらったのは……外山美樹先生

外山美樹(とやま・みき)  1973年宮崎県生まれ。筑波大学人間系教授。専攻は教育心理学。著書に『行動を起こし、持続する力―モチベーションの心理学』(新曜社)など。今年『「がんばれない」心で何が起きているか』(ちくまプリマー新書)が発売され話題に。

「ていねいな暮らし」が「家事の合格ライン」を吊り上げる

SNSを開けば、誰かの完璧な「ていねいな暮らし」が次々と流れてきます。それを見るたびにため息をついては、荒れた室内に目を泳がせる…そんなことはありませんか?

「SNSがなかった時代でも、家事のプレッシャーはあったと思います。でも、家庭の中は外から見えないので、自分なりの基準で『今日はこれで大丈夫』と区切りをつけられました。ところがSNSでは、本来は他人の日常の一場面に過ぎないものが、『これが普通』『ここまでできて当然』という基準になってしまいやすいのかもしれません」(外山さん・以下同)

人は自分の価値を、他者との比較で判断しやすく、比較の対象が増えるほど「まだまだ足りない」という感覚も生まれやすくなるといいます。さらに危険なのが「目的のすり替わり」です。
「健やかに暮らすことが目的だった家事が、『評価され、選ばれる人になるための仕事』になってしまうと、終わりがなくなります。だからこそ、SNSのような他人基準ではなく、自分と家族にとって十分か、という自己基準に戻すことが重要なんですよね」

家事をがんばりすぎる人は「この努力は、私をどこへ連れて行くんだろう?」と問いかけて

家をきれいに整えたい。常備菜もつくりたい。SNSで見るような家事ルーティンを実際にやろうとすると無理が生じます。なぜなら、毎日は思いがけないことの連続だから。自身や家族の体調、急な用事……完璧にこなすのは難しいものです。それでも理想を目指してがんばりたくなる。がんばれない自分に嫌気がさす。こうしたスパイラルに苦しむ人は、多いものです。
がんばりすぎの渦から抜け出すためには、どうしたらいいのでしょうか。
「『この努力は、私をどこへ連れて行くんだろう?』と立ち止まってみてほしいんです。これは努力をやめるための問いではなく、努力を正しく『取り戻すため』の問いです。がんばり続けることは意外とできるのに、何のためにがんばっているのか?を立ち止まって考える機会は、意外に少ないんですよ」
その先に家族が幸せになる未来があるなら、努力には意味がある。疲弊や自己否定が多いなら、一度やり方を見直していい、と外山さんは言います。
「大事なのは努力の量ではなく、方向を確認すること。心理学ではこれを『自己調整』と呼びます。アクセルを踏み続ける力ではなく、目的地を確認しながら、時には速度を落としたり道を変えたりする力が大切なのです」

家事をがんばれないのは怠けではなく、心の「セーフティ機能」

外山さんは、「がんばれないのは、あなたの心が、あなたを壊さないために最後の防衛手段として自動制御(セーフティ機能)を始めた結果なのです」と語ります。単なる怠けではなく、心が自分を守ろうとしているサイン。これが発動するのは「努力しても報われない」経験の積み重ねだと指摘しています。
「家事は勉強やスポーツと違って、終わりがないのが大きな特徴ですよね。掃除しても翌日には散らかり、食事をつくっても、食べ終わればまた次の準備がある。しかも、やって当たり前と受け止められがちです。努力すれば報われるという期待が失われると、これ以上エネルギーを使わない方がいい、と脳が判断してしまってやる気がなくなる。これも、自分を守るための一種のセーフティ機能だと考えられます」
やる気が出ない自分を、意志が弱いと責めるのは逆効果。自己嫌悪に陥るのではなく、「今、心が防衛モードに入っているのだ」と冷静に受け止めることが、回復への第一歩になりそうです。

完璧な家事と家族の幸せはイコールではないという現実

また、外山先生は「人生は定員が決まったバス」というたとえを教えてくれました。
人は誰しも、使える時間とエネルギーに限りがある。何かを座席に乗せれば別の何かは乗せられない、という考え方です。
定員を無視して、自分さえ極限までがんばればいい、と考えるのではなく、自分のエネルギーの有限さを冷静に観察することも大切だと言います。

しかし、「家事を減らす」発想には罪悪感がつきまとうもの。
「単に家事時間を減らすということではないのです。限られた時間とエネルギーを何に使うことが、家族にとって本当に価値があるのかを考えましょう、ということなんですね。掃除をあと30分がんばる選択をした場合、こどもと30分遊ぶとか、自分が少し休んで心に余裕を持つ、という別の選択肢を手放していることもあるわけです」
毎日100点満点の家事を続けて親が疲れきってしまうよりも、80点でも家族が笑顔で過ごせる家庭の方が、こどもにとっては安心できる環境だと外山さんはいいます。
「家事が目的になると、報われるという結果を求めてしまう。でも、本当の結果は、自分を含めた家族が健やかに暮らす、というところにあると思うんです」

目標はひとつでも、ルートはたくさんある

家事は掃除、洗濯、料理、育児など、さまざまなタスクの集合体。そもそも全部を100点でやることは不可能です。大切なのは「自分にとって一番大事なゴールは何か」を考えること。そのうえで外山さんがすすめるのが、ゴールへの「別ルート」を探す考え方です。
「家族に健康的な食事を食べてもらう、という目標へのルートはたくさんあります。毎日手づくりするのもひとつですが、ミールキットを活用する、作り置きを数日に分けて食べる、家族に調理を分担してもらう、など。複数の達成方法を持っている人ほどストレスに強く、柔軟に目標を達成できることが知られています」

家事をがんばりすぎる人は「小さな儀式」で家事に終止符を

終わりのない家事には、自分で「完了の合図」をつくるのが有効だといいます。人は、やりかけのまま残っていることがあると、脳が無意識に緊張し続けてしまい、これが家事特有の疲れの原因にもなるそう。
「家事は”未完了の状態”がずっと続きやすい活動。だからこそ、自分で『今日はここまで』という完了のサインをつくることが大切。一番簡単なのは、21時を過ぎたら家事はしない、など時間で区切ること。他にも、合格ラインを先に決めておくのもいいですね。そして、最後を小さな『儀式』で終えることもおすすめです」
キッチンの電気を消したら今日の家事は終了、温かいお茶を飲んだら家事モードを終える。そんな小さな儀式でも、毎回行うことで、家事の終了を脳が認識しやすくなるそうです。

見えないからこそ大切。自分の「バッテリー残量」を冷静に観察する

「がんばりすぎてしまう人は、自分を観察する力をぜひ持ってもらいたいと考えます。キーワードは『バッテリー』。スマホなら、充電が20%しか残っていなければ『動画を控えよう』とか自然に考えますよね。ところが自分のことは、疲れていても、いつも通りにやるべき、と考えてしまいがち。しかし、体力も集中力も感情のエネルギーも、毎日同じではありません。自己調整とは、常に全力でがんばることではなく、『今日は残り30%だから、それに合わせた目標にしよう』と調整できることなんです」
元気の残量が少ない日は「手づくりは汁物だけでいいか」と目標のサイズを柔軟に変える。それは諦めではなく、「目標はそのままに、今日できる最善を選び直す調整された状態」だと外山さんは強調します。

家事の手順を考えることに、エネルギーが食われている

とはいえ、毎日バッテリーのことを考え、手順を調整すること自体が大変そう……。そこで力を借りたいのが「習慣化」です。
「実は家事は、『次は何をしようか』と考えること自体に大きなエネルギーを使っています。意思決定を重ねるほど脳に負荷がかかり、疲れやすくなることが知られているんです」
コツは「◯◯したら◯◯する」と行動をあらかじめ決めておくことだそう。「洗濯機を回したら洗面所を軽く拭く」のように、すでにある習慣の流れに小さくセットするのだそう。これがとても長いルーティンになると、遂行するのにまた疲れてしまい逆効果。小さく刻んで無理なく組み込むのがポイントです。

自分以外の家族に家事習慣を持ってもらうなら「60日」の継続が目安

家事を主導する自分は習慣が持てても、家族の家事参加が習慣化しない、と悩む人も多いもの。

「普段あまり家事を担っていない家族には、今やる、あとでやる、やらない…など複数の選択肢があり、これを考えることが脳に負荷をかけてしまう。朝歯磨きをするように、考えなくてもすぐに行動に移すには、やはり習慣化が一番楽です。食後は自分の食器をシンクに運ぶ、土曜日の午前中は15分だけ全員で片付ける。たとえばこんな風に、誰がいつ何をするのかを具体的に決めて習慣化するだけで、自然に回る仕組みができていきますよ」
新しい習慣の定着には、約60日かかるそうです。裏を返せば「2カ月がんばれば、あとは考えずにも体が動き、楽になる」ということ。家族と取り組むときも、この「まずは60日」を合言葉にしてみては?

「家事って、本当に大変な活動だなと改めて思いますね。複数の仕事を同時にマネジメントし、絶えず調整を続ける。それ自体がとても負荷が続く高度な営みです。だからこそ、バッテリー切れのがんばれない日があって当たり前。そんな日は自分を責めるのではなく、『この努力の方向は合っている?』と問いかけてみてください」
バッテリー残量に合わせて目標のサイズを変える。それは手抜きではなく、家族と自分を守るための知恵なのだと外山さんは教えてくれました。

『「がんばれない」心で何が起きているか』(ちくまプリマー新書)

がんばれないのは、怠けでも意志の弱さでもない――。モチベーション研究の第一人者が、「努力しない」を心の防御反応として捉え直す一冊。SNS時代のプレッシャー、終わらないタスクへの疲労感、自己嫌悪の正体を心理学の視点からひもとき、自分を追い込まずに前に進むための考え方を提示する一冊。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480685575/

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