収納のしかたは十人十色。
おうちの収納やお気に入りのものから見えてきた、「収納と暮らし」をめぐる短い物語をお届けします。

HOUSTO 編集部

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住人プロフィール

黒川陽祐さん 印刷会社勤務
里恵さん 雑誌編集者

賃貸マンション・2LDK・東京都世田谷区
入居約2年・築約40年

いつしか異質な物も混ざり合う これから二人で育てる部屋

アスファルトの照り返しを浴びながら閑静な住宅街を抜けた先で出会ったのは、趣のある古風な白いマンション。ドアを開けると涼やかな風とともに漏れ出すほのかに懐かしい香りにほっとする。ワイルドフラワーのようなこの香りの正体は、陽祐さんのご実家からやってきた自家製のはぶ茶。ガラスのカラフェから注がれた野性味のある冷茶で、日差しのダメージがぐんぐんと修復されるよう。

遠距離恋愛を経て結婚した二人の暮らしは、始まってまだ2年ほど。里恵さんはファッション系の編集者だけあり、洋服は多い。お気に入りのワンピースをトルソーに着せて、インテリアのアクセントにしたら、残りの洋服は押し入れに。有名メーカーの収納家具を入れ込み、仕切りをできるだけ多くして整理整頓している。シーズンオフのものは奥に収納しており、陽祐さんによると季節の変わり目には「部屋がすごいことになる」そうだが、スッキリと片付いた部屋だ。

人形劇用の舞台

とは言え、かわいい物はつい買ってしまい、断捨離も一切できないという里恵さん。よく見るとこまごまとした個性的な小物たちに目が行く。まず、ひときわ存在感を放つのは、人形劇用の舞台。学生時代、玩具店でアルバイトをしていた里恵さんが、売れ残るのは可哀想だと自ら購入したもの。柔らかな手触りの幕を開けると、パペットたちが寄り添うように仲良く収められていた。

セミ人間

かわいい物だけでなくおかしな物も好きな里恵さんの元には、“なんだか捨てられない物”も集まってくる。たとえば、二人に「セミ人間」と名付けられたレトロなゲーム機。陽祐さんが「コンセプトが謎だよね」と言えば、里恵さんは「顔も変な場所にあるし」と応え、「セミなのに中身のモチーフが海の生き物」、「意外とゲームは難しい」と、いつまでも会話が続く。里恵さんが20年も前に地方の雑貨屋で購入したおもちゃは、今や二人にとっての“なんだか捨てられないもの”になっているようだ。

フィギュアコレクション

鴨居の上には里恵さんのフィギュアコレクションが。土産物の小さな土偶や民芸品、友人からプレゼントされたウルトラマンや、マニアックなヒーロー“グリッドマン”が並ぶ。「あれっ、これ私のじゃない」と里恵さんが笑った一風変わった人形(左から3つめ)は、陽祐さんがイタズラでこっそり足しておいたもの。夫婦とも仕事が忙しく、すれ違いがちな日々だからこそ、こんな“仕込み”をお互いに仕掛けているらしい。

フランスとスペインの国境にある「ルルドの泉」の水

飾り棚の中央にあるボトルは、フランスとスペインの国境にある「ルルドの泉」の水。ほかにも旅の思い出を纏う雑貨が並ぶ。学生時代から旅が好きだという里恵さんは、ユーレイルパスでヨーロッパ諸国を巡ったほか、アメリカの鉄道やインドの鉄道にも乗り、合計20カ国ほどは行っているという。女性の鉄道旅行と聞くとかなりの冒険が予想されるが、「荷物を体にくくりつけておけば大丈夫です」という豪胆な答えが帰ってきた。

ギュンター・グラスの絵画集

旅行中こそ早起きして歩き回るという里恵さんは、美術館や観光名所などのほか、各国の市場には必ず足を運ぶ。
ドイツのアーティスト、ギュンター・グラスの絵画集も、海外の古本屋でほんの1ユーロほどで購入したもの。しばらく飾っていたが、ある日開いてみてびっくり。扉部分に、前の持ち主の見事なイラストが残されていた。異国の誰かのひらめきをしたためた手紙が、サプライズで届いたかのような本。こうして断捨離できないものは増えていくのだ。

本棚には里恵さんが仕事で携わった雑誌に加え、子供の頃の思い出が詰まった絵本、多感な年頃に読み込んだ文学作品も並ぶ。ふと陽祐さんが中の1冊を手に取り「これ、一緒に暮らす前に借りたやつやな」としみじみ。二人の物がだんだんと混ざりあって行くその過程もまた、二人の時間を濃密で温かいものにしていくのだろう。

お察しの通り、明るいこの部屋に溢れる雑貨のほとんどは、里恵さんのもの。しかし陽祐さんは、里恵さんのコレクションを眺める暮らしを気に入っているようだ。他者を受け入れることは、時にどんな冒険よりもハードルが高いことを思えば、陽祐さんの愛の大きさに思いを馳せてしまうのは、野暮だろうか。

いつしか異質な物も混ざり合う これから二人で育てる部屋

たったひとつ、陽祐さんがこだわる物がある。それはベランダで生命力を発揮し、ぐんぐん伸びているウツボカズラ。食虫植物ならではの少々グロテスクな愛らしさを湛えるこの植物は、陽祐さんの担当だ。二人で行った旅先で衝動買いした“初代”は残念ながら枯れてしまい、今は二代目。気温が15度以下になると枯れてしまうため、冬にはビニールハウスを手作りし、見事越冬を果たした。たっぷりの愛情を注いだかいあって、最初は5つほどだった捕虫袋は、今では鈴なりだ。

二人の今後の計画を伺うと、「収納を増やしたい」「本棚は日差しを遮れるタイプに」「ずっと使える上質な家具も欲しい」というインテリアの発展計画に加えて「新婚旅行」という予定も飛び出した。

実はこの二人、新婚旅行はまだ。里恵さんの中では、外国に行ったことがない陽祐さんを連れ出す作戦が進行中だ。喜々として候補地を列挙する里恵さんに、途方に暮れつつ笑って頷く陽祐さん。旅の好みも、これから混ざり合っていくのだろうか。

二人の好みが混ざり合うこの部屋は、美しいマーブル模様のよう。今後、どんな色に変化しても、温かい色に違いない。