大平一枝

大平一枝

エッセイスト。1964年生まれ。市井の生活者を独自の目線で描くルポタージュ、失いたくないもの・コト・価値観をテーマにしたエッセイを執筆。著書に『東京の台所』、『そこに定食屋があるかぎり』、『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』、『人生フルーツサンド』、『注文に時間がかかるカフェ』ほか多数。

https://www.kurashi-no-gara.com/

『てきとー』

2009-05-11
長男13歳、長女9歳

私「もし犬か猫を飼うなら、梅ちゃんっていう名前が良いと思うんだけど」
娘「いいねえ。梅ちゃんって呼ぶだけで、ハッピーな気分になるねえ。日本人だしね。あー飼いたい飼いたい。ママ、飼っていいの?」
私「え。う、うん、いつかね」
娘「いつ? いついついついつ」
私「そのうちね」
娘「そのうちって、いついついついつ」
私「……やっぱり、梅ちゃんっていう名前の金魚にしない?」
娘「なんだよ、それ」
私「魚なら、旅行中もペットホテルに預けなくてすむしさ」
娘「結局、金の心配かよっ。あー飼いたい飼いたい飼いたい。地上で息吸う動物飼いたい」

娘がしつこい性格なのを忘れていた。適当に言っただけなのに。

かつては縁側だったと思われる廊下にミニテーブルを。庭は山椒の木があり、茗荷が自生していた

冷静と適当のはざまで

 この頃は、賃貸の古い木造2階建てに住んでいた。コーポラティブハウスという自由設計の分譲集合住宅に7年住んだ後の、一時的な転居だった。子どもふたりの足音で階下の住人に迷惑をかけないよう、ある程度大きくなるまで、集合住宅を離れたのだ。

 板壁に純和風の庭があり、鍵は窓も戸口もくるくる回して閉める昔ながらのスタイル。私立中に進んだ息子は、入学してまもなく友達に「あいつんちボロい」と言われたようだが「気にするな。うちはこの暮らしがしたくて望んで住んでいると言ってやれ」と親のエゴを押し付けた。
 引っ越し好きなのでその後も何軒か住んだが、家族も、たまに上京する田舎の両親も、今でも、あの家が好きだと言う。

 冬は床からしんしんと冷え、木枠の窓ガラスからは冷気が伝わり、夏は蟻が庭から梅ジュースの瓶まで行列を作る。それでも、もう階下への足音を気にしなくていいという開放感、朝な夕なに、どたどたと階段を昇り降りして自分の部屋を行き来する子どもたちの光景、ミニトマトを植え、朝顔を育て、七輪でホットサンドを焼いた日々など、親子4人初めての一軒家暮らしには、かけがえのない思い出が詰まっている。

 この家にきたとたん、小学生の娘はとりわけペットに憧れるようになった。集合住宅だと規制が多いが、戸建てなら…という密かな願いがあったに違いない。
 よその飼い猫が庭に迷い込み、何回かミルクをやっているうちに、よけいにその思いが強まった。迷いネコには、勝手にミルクという名を付けていた。
 そんな娘を見て私もつい、思いつきで半ば適当に、もし飼うならとひとこと言ったらば、日記のような展開になってしまったというわけである。

 これはひとえに私が悪い。できもしないことを軽々しく言うものではない。
 目を輝かせ、永遠に「いつ」を繰り返す娘。
 金魚はどうかと、気休めもにもならない提案を苦しまぎれにつぶやく親。

 娘には申し訳ないが、早く忘れてくれ、なにか別の夢中になるものを見つけて欲しいと願った。純粋な子どもの心を翻弄した小さな罪悪感もひっくるめて、今はあの古い家の記憶の箱に丸くなって収まっている。
 その後しばらくして、娘はなんとか梅のことを忘れ、ピアノやら女子サッカーやら塾に忙しくなっていった。

 ところで、日記によると9歳の娘は「梅」という名前に対して、「いいねえ、日本人だしねえ」と反応している。
 幼い頃からそういう物言いをするところがあり、この頃の日記には次のような発言も。

 田舎の私の父が上京。孫から慕われ、すっかり気をよくした父は夜、ほろ酔い気分で、「じゃ、じいちゃんとお風呂はいるか?」と娘に聞く。
 娘はきっぱり低い声で、「いや、それはプライベートなんで」。

 酔いが一気に醒めたような顔の父の横顔を覚えている。

 そういえば一昨年、知人から子犬を飼わないかと連絡が来て、25歳になった娘と見に行った。現在の我が家は、かつてとはまた別の戸建てである。
 血統書付きの立派な犬で、大切に育てていることがわかり、なにごとも適当な自分にはとてもむりだと腰が引けた。
 迷いながらも、都心のとても素敵な高層マンションをおいとまする。と、エレベーターの中で娘がつぶやいた。
「あのわんちゃんは、うちじゃ申し訳ない。荷が重いよ」
 25歳に教えられた。身の丈を知れ、と。

あわせて読みたい