さまざまなジャンルで活躍する方々に自分らしさや自分軸について話を伺う連載企画、暮らしの取捨選択。今回お話を伺ったのは、メリノウールブランド「YARN」オーナーの下山陽子さんです。移住先であるニュージーランドを暮らしの拠点としながらも、仕事・精神面では日本とのつながりをずっと大切にしています。仕事や子育て、今後の暮らしについて詳しくお話しいただきました。後編はこちら。
メリノウールの魅力を日本に伝えたい。移住から8年目にブランドを立ち上げました
ニュージーランド産100%のメリノウール(メリノ種の羊毛)を使用したインナーウェアブランド「YARN」。下山さんがブランドを創業したのは2019年のこと。
「肌荒れしやすい体質だった我が子のため、皮膚に優しい衣類を探すなかでメリノウールと出合いました。ウールといえばニットや防寒着というイメージが強いと思いますが、ニュージーランドでは肌着や下着にも当たり前のようにメリノウールが使われています。その品質のよさに驚き、日本にも伝えたいという思いが強くなってブランドを立ち上げることにしたのです」
最高級メリノウールの極細糸でつくられた衣類は、まるでシルクのようになめらかでサラッとした肌触り。チクチクすることはまったくなく、肌に吸いつくような快適さを感じられます。通気性や速乾性にも優れていて、冬は空気をたくさん含んで温かく、夏は汗を吸収して熱を放出するから涼しく。寒い時期だけでなく、じつはオールシーズン着用できるのが大きな特徴です。
高品質メリノウールの牧場探しからスタート。ゼロからの手探りでした
インテリアショップで働いていた経験はある下山さんですが、アパレルを手がけるのは初めて。メリノウールは一体どこで買えるんだろう?という疑問からスタートし、あれこれ調べる中で「ZQ認定メリノ」という厳しい品質基準をクリアしたメリノウールにたどり着きました。
「ベビー服売り場で見たメリノウール下着。ニュージーランドのいいものを日本に届けたいという気持ち。持続的で地球に負担をかけないメリノウールの生産現場を見たこと。それらが1本の道に繋がりました。メリノウールはただ羊の毛を刈りとってできるものではないのです。生産者、羊、自然みんなが幸せになれるやり方を模索したい。その考え方はとてもニュージーランドらしいし、私の中でストンと腑に落ちた感覚がありました。ブランドを設立したのは、製品だけでなくこうした背景も知ってもらいたいという思いも強かったからです」
業界未経験の下山さんを後押ししたのは、ちょっとしたひらめき。ブランドを立ち上げようと思い至るまでの情報は、それまでの暮らしで少しずつ心に蓄積されていました。それを見逃さず、「やってみよう」「楽しそうだ」という直感に従って動く気持ちを日頃から大切にしているのだそうです。このひらめきは、下山さんの暮らしすべての土台になっています。
子育てが一段落して生まれた余白は、ネイチャーウォークやコーヒーを楽しむ時間に
YARNは現在、公式オンラインショップで製品を販売。ニュージーランドではオークランドに直営店を構えています。5年経ち、ようやく気持ちに余白が生まれてきました。
「自分で興したビジネスだから、仕事しようと思えばいくらでも働けます。24時間休みなく仕事のことを考えてしまいがちで、そんな状況もじつは苦ではありません。でも長男が大学に入学し、子育てが少し落ち着いたことをきっかけに、意識して自分時間をつくるようになりました」
下山さんが暮らすオークランドは都会ですが、森林やビーチがすぐ身近にある環境。森の中を2時間ほど歩いてリフレッシュしてから店へ出勤することもあるそうです。
「日本とニュージーランドの時差は3時間(サマータイムは4時間)。日本と仕事のやりとりするのは午後になるので、午前中に余白時間をとることが多いです。せっかく自然豊かな環境にいますし、そこで過ごす時間は絶対に手放したくないですね。ただ座って波の音を聞くために、ビーチへ車を走らせることもあります。オークランドでは、10分ほどドライブすれば着くビーチもたくさんあるんです」
コーヒー好きの下山さんにとって、朝カフェの時間も欠かせません。
「オークランドはコーヒーカルチャーが盛んで個性的なカフェが多いうえ、早朝からオープンしているところも。出勤前のコーヒー時間は、仕事と切り離して自分自身のために使うと決めています」
ニュージーランドと日本をいいところどり。バランスをとることで私らしくいられる気がします
YARNはニュージーランド産のメリノウールを使用しながらも、縫製は日本の工場で行っています。これは、日本のものづくりに対する強いリスペクトがあるからこそ。
ニュージーランドらしさが凝縮されたメリノウールを、どこでデザインし縫製するか。下山さんの答えは、日本一択でした。
「日本の高い縫製技術と職人さんの経験値、そしてクオリティの高さ。これらはニュージーランドの比ではありません。それともう1点、工場探しをしながら気づいたことがあります。ファストファッション台頭のあおりを受けて、存続の危機に直面している工場があまりにも多くて驚きました。技術者の高齢化という問題もあって、私が希望する縫製で製品をつくれる工場を見つけるのは本当に大変でした」
YARNの志をかたちにしてくれる工場との関係は、ずっと大事にしたい。そんな現況を広く知ってほしいという思いも乗せて、メイドインジャパンを貫いているといいます。
「日本らしい、ものづくりに対する思いはこれからもブランドに反映させていきたいと思っています。かたやニュージーランドの気楽なところ、自然と調和した生き方も大好き。どちらか一方ではなく、バランスをとっていいところどりをしていくことが一番自分らしい生き方です。そういう意味では、ニュージーランドの自然の恵みを日本のデザインと縫製で仕立てるYARNは、私そのものなのかもしれません」
ニュージーランドと日本をつなぐ。それは自身のブランドに限らず、両国のいいものを広めていくことも含まれています。
「オークランドに構えたショップでは日本人アーティストの作品と地元作家の作品、どちらも扱って販売しています。私を受け入れてくれたこの地域に貢献したいという思いも強くあり、ローカルコミュニティづくりを進めている最中です」
今は両国でのビジネスに注力していますが、今後は他の国に広げていくことも視野に。ニュージーランドを拠点にしつつも、「どこかに住み続けなければいけない」という思いは持っていないそうです。
「今はニュージーランドにいながら日本の仕事もできるし、こどもはオーストラリアのメルボルンにある大学に在学中。今後は訪れる機会が増えそうです。だからどこに住むか、何をするかを固定しない生き方ができる時代で本当によかった。そのほうが私には合っている気がします」
今回教えてもらったのは……
-
下山陽子さん
メリノウールインナーブランド「YARN」オーナー。2011年にニュージーランドへ移住し、2019年にブランドを設立。ニュージーランド産最高級のメリノウールを使用したインナーウェアを手掛けている。