家族や友人のために食事をつくること。それは楽しみであり、時にはチャレンジであり、愛情表現でもある。ある意味、暮らしそのものかもしれない。そんな人々の「食」を江戸時代の後期から見つめてきたのが「水屋箪笥」。当時の食器棚だ。つくられた地域によって形や素材が違い、ディテールも魅力にあふれる水屋箪笥について、HOUSTOでおなじみの「アンティーク山本商店」に伺った。

HOUSTO 編集部

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職人技が光る水屋箪笥

「水屋箪笥」はもともと水回りで使われていた箪笥で、幅は3尺、4尺、6尺のものが一般的(一尺=30.3cm)。当時は職人にオーダーした一点物が多く、職人の技や工夫が光る実直な美しさが魅力だ。現在はそのまま食器棚として使うほか、和室はもちろん洋室にも合い、イギリスのアンティークとの相性も良いということから、リビングの収納家具としても人気だそう。

機能的な収納が詰め込まれた水屋箪笥

三代目店主・山本さん。和家具への造詣が深く、一つ聞けば十を教えてくれる、まるで生き字引のような幅広い知識をお持ちだ。

昭和20年の創業以来、東京・下北沢で70年以上続く「アンティーク山本商店」。明治・大正・昭和初期から30年代の日本製の家具を中心に扱っている。古い家具も専門の職人がリペアを施し、扉や引き出しは指一本でスッと開くほどスムーズで、現役の収納家具として使えるものばかり。

お店の奥に佇む、京都の水屋箪笥。 温かみのある明るい木目に、懐かしさを感じる。

まず見せてもらったのは、明治中期~後期頃の京都でつくられた水屋箪笥。表面には木目の美しい欅材、梁と柱には水に強い檜材、引き出しの中には杉材というように3種の木材を使っているのが特徴だ。引き出しの金具は「蕨手(わらびて)」と呼ばれる明治中期頃によく使われたモノ。こういった金具からも年代がわかるというから面白い。

粗い網と細かい網の二重構造になっているのだが、100年を経て、現在は粗い網だけが残るものがほとんど。

水屋箪笥の特徴の一つは、「蝿帳(はいちょう)」という網がついた戸棚。

「冷蔵庫のような役割で、風通しがよく虫も入らないということで、お茶菓子などを入れておいた場所です」(山本さん)

いまでは網をガラスに変えて使うことも多いそうで、山本商店はそういったリペアも引き受けているという。

「引き戸の横桟の本数によっても、職人がいかに手をかけたかがわかるんですよ」と山本さん。この水屋箪笥には7本の横桟が入っているので、クオリティが高いそうだ。

もう一つの特徴は「膳棚」。下の引き戸には脚つきの角膳を収納するため、棚板が真ん中ではなく、下から3分の2ぐらいのところに設置してある。

おかげで高さのあるモノも収納できるため、使い勝手は抜群。さらに、引き戸は手前のスペースが有効活用できるということもあり、今でも引き戸の収納家具は人気が高いそう。シンプルに見えて、たくさんの機能的な収納がしつらえてあるのだ。

収納力抜群! 京都の「一間水屋」

この迫力ながら奥行きは約45cmで、縦割りにして畳半分にぴったり収まる便利な大きさだ。

こちらは幅6尺=1間(約180cm)、大迫力の「一間水屋(いちげんみずや)」。一間水屋を購入した人は、その収納力にみな驚かれるのだそう。
見た目の重厚感も、京都の水屋箪笥の特徴だ。しっかりとした梁と柱で構成されていながらも、重苦しくはならないのは、木目の仕上げで明暗のコントラストがつけてあるから。

「職人さんは全体のバランスを考えて仕上げているんです。見る人を飽きさせない、穏やかな美しさがありますよね」。

「のぼり引き出し」と呼ばれる引き出し。細かいモノの収納には欠かせない。

下の引き戸の右側に引き出しをあつらえてあるのも、クオリティの高さを物語る。

「引き出しは引き戸よりも、材料も手間もかかります。だから引き出しが多いということは、それだけ職人が手間をかけたという証でもあるんです」。

時代家具は人の生き方を物語る

こちらは昭和初期の北関東の水屋箪笥。

「年代も違いますが、関東はまた雰囲気がガラリと変わります。引き出しもたくさんあるうえ、表面が丸く、面を取ってあるんですよね。このあたりも職人さんの妙技。これによって優しい雰囲気になりますし、使う人の気持を考えて作ったんでしょうね。これもいい水屋箪笥です」。

「けんどん」と呼ばれる、下から上に持ち上げて手前に引いて開ける収納は北関東の水屋箪笥に多い仕様。生まれた地域によって違う人々の暮らしに思いを馳せられるのも、時代家具の魅力だ。

「時代家具からは地域性も読み取れます。個人のお宅に買い付けに行くと、置いてある家具からどこの出身の方かなんとなく分かるんです。たとえば、幅の広い桐箪笥はだいたい名古屋から西でつくられていたもの。尋ねると、たいてい当たります。家具は、その方の生き方も物語るんだと思います」

時代家具のストーリー

美しい佇まいに加えて、その収納力にも驚かされた水屋箪笥。こんな箪笥がおウチにあれば、日々の家事もさぞ楽しいだろう。

家具からはさまざまなことが読み取れることを教えてくれた山本さんは、「家具が言葉を話せたら面白いのにと思いますよ」と言う。

確かに、人々の暮らしを見つめてきた時代家具が話せたら、当時の暮らしぶりを聞かせてくれるだろう。忙しく食事の準備をする中で、献立に悩んだりしたのだろうか。ふと引き戸に手をやり、ぼんやりと考え事をすることもあるかもしれない。

いずれにしても、水屋箪笥の引き戸を開けて、そこに収納されたモノを出すときは、家族や仲間を思いやるとき、家族を慈しむときだったのではないだろうか。

山本さんの家具への愛に触発されてか、なんとなくそんな想像も掻き立てる水屋箪笥なのだった。

取材協力

  • アンティーク山本商店には、常に2000点ほどの和家具が並んでいる。どれもすぐ使える状態にしてあるだけでなく、味を残すために「直しすぎない」リペア術も見もの。「和家具を普段遣いして欲しい」との思いから、手の届く価格帯の家具が多いのも魅力。

    アンティーク山本商店
    住所 東京都世田谷区北沢5-6-3
    お問い合わせ
    03-3468-0853
    http://www.antique-yamamoto.co.jp/