日本の名優とドイツの名監督がタッグを組み描いたのは、すぐそこにある日本の日常だった
『PERFECT DAYS』は、トイレ清掃員として働く男性・平山の静かな日常を描いた物語。その淡々とした日々は同じことの繰り返しに見えて、平山にとっては毎日が新しい一日。目覚めればいつも違う表情の空に笑顔を見せ、木漏れ日を見上げてはその微細な光の表情をフィルムカメラにおさめます。
そんな暮らし方を見ていると、一見、変わり映えしない毎日も、実は美しい変化に満ちていること気付かされます。無口な主人公・平山を演じるのは、日本を代表する俳優・役所広司。この作品では、カンヌ映画祭で男優賞を受賞しています。
監督は、『パリ・テキサス』(84年)や『ベルリン・天使の詩』(87年)など、独特の映像美で知られるヴィム・ヴェンダース。静かな眼差しでとらえ直す日本の日常風景は、穏やかでありつつ新鮮です。
暮らしや仕事に現れる「所作」はもはや様式美
公衆トイレを隅々まで磨き上げる仕事ぶりは、人柄を物語ります。お掃除のHOW TOとして覚えておこうと思ったのが、手鏡の活用。平山はトイレの掃除が終わると、見えない裏側は小さな鏡で仕上がりをチェックします。ここまでトイレを磨き上げたらきっと気持ちがいいはず!
渋谷区のさまざまなデザインの公衆トイレも、見どころの一つ。凝ったデザインのトイレは、一つひとつ巡礼したくなりますよ!
時代を感じさせる古いアパートに1人で暮らす彼の生活スタイルは、毎日が同じ繰り返し。近所を掃除する女性の竹箒の音に目を覚まし、植木に水をやって仕事に行き、仕事が終われば銭湯で汗を流し、一日の終わりには本を読みながら眠りにつきます。
その繰り返しの中には、磨き上げられた生活の様式美があります。棚に整然と並べられた文庫本やカセットテープ。壁に掛けられた箒。玄関に並べられた鍵や小銭など日用品の数々を、平山は出かけるたびに順番に身につけ、帰るたびに順に外します。
流れるような見事な動線は、自分の暮らしでも真似したくなります。
Redondo BeachやThe Dock Of The Bay…往年の名曲が暮らしを包む
仕事に行く車の中も、すべての道具が手に取りやすいように工夫され、収納のヒントがいっぱいなのですが、その車の中で平山が聴くカセットテープも、この映画の魅力のひとつ。監督自らが選曲したBGMは、この作品の世界をさらに豊かなものにしています。
パティ・スミスの「Redondo Beach」は、平山の同僚タケシが恋心を抱く”アヤちゃん”のお気に入りソングになります。タイトルにもつながる「Perfect Day」は、ニューヨークのミュージシャン、ルー・リードが1972年に発表した楽曲。穏やかながらも心の伝わる歌声は、映画のイメージにもぴったりです。
ほかにもオーティス・レティングの「The Dock Of The Bay」など、往年の名曲が次々と流れます。タイトルは知らなくても、きっと聴いたことのある曲もいっぱいあるはず。
平山が週に一度だけ行くスナックのママ(石川さゆり)が歌うアニマルズの「朝日のあたる家」も胸に響きます。平山とママの関係も気になるところですが、それは映画をご覧ください!
淡々とした暮らしに見えて、人と出会い、話すたび、平山の心のなかにはさざ波のように感情が生まれては消えていきます。そんな平山の感情の波にたゆたうような、ゆったりとした時間が流れる映画です。
無口な平山のセリフは少なく、状況を説明するシーンもほとんどありません。それでも彼の表情は多くを語り、とくにラストシーンの表情は観客の心に確かに語りかけます。
ラストで流れるニーナ・シモンの「Feeling Good」を聴きながら、彼が見せてきた笑顔の意味を考えずにはいられませんでした。その笑顔は自然に生まれたものではなく、彼の笑おうとする意志から生まれたものかもしれません。
自分がどう生き、どう暮らすかは、自分の意志で決めるもの。自分に必要なものを自分で選び、手入れをし、大切に持ち続ける。そんな暮らし方を、改めて見つめ直したくなりました。
見る人の感受性によって受け取るものが変わりそうな、ゆったりと時が流れる映画。仕事や家事で忙しい日々を過ごしている方にこそ、見ていただきたい作品です。
映画情報
- PERFECT DAYS(2023年/日本/日本語/カラー/124分)
- 監督 ヴィム・ヴェンダース
- 脚本ヴィム・ヴェンダース、 高崎卓馬
- 製作 柳井康治
- 出演 役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
- 製作 MASTER MIND
- 配給 ビターズ・エンド
- perfectdays-movie.jp