広告代理店社員として忙殺されている45歳のキョウコが、早期リタイアして月10万円ずつ貯金を切り崩し「貯金生活者」として古い木造アパートに住むことに!果たしてその現実とは?群ようこの人気小説の書籍レビュー。

編集部・栗谷川

編集部・栗谷川

読書、映画、料理などインドアな趣味が大好き。夫・娘・猫2匹と東京都内で暮らしています。整理収納アドバイザー。

月10万円で、心穏やかに楽しく暮らそう!

そんな帯に惹かれて、この本を手に取った。

円安に物価高、出費は少しずつ増える一方で、ネットでは節約やコスパを意識した情報をいくつも目にする毎日だ。
生活者として、手元の工夫だけでこの難局を乗り切れと…?と若干の訝しさは感じつつも、やはり生活の知恵を情報をゲットしようと、ネットのページを開いてしまう。

最近は、[FIRE]というワードもよく聞くようになった。
会社員生活を早期リタイアして、株などの投資利益だけで経済的に自立して暮らす生き方のことだという。
実践している人の実例記事などを読むと、皆一様に「会社員を辞めてから、出費が減ったから、生活するのにそこまでたくさんのお金は必要ない」と話している。

れんげ荘あらすじ

今回紹介する小説「れんげ荘」の主人公、キョウコもまた会社を早期リタイアした一人。
国内有数の広告代理店での激務をひた走り、高給をもらい、好きなものの買い物に接待での贅沢な食事三昧、庭付き一軒家の実家に暮らすキャリアウーマンだった。

社会の荒波をくぐり抜けてきたキョウコは、同じく働き詰めで、住宅ローンの返済完了とともに病に倒れた父を見て「私の未来」を考えるように。
45歳のいま、13年間の間に貯め込んだ貯金を手元に、80歳まで月10万円の暮らしなら「持つ」、と計算し、初めて実家を離れて一人暮らしを始めるのだ。

月10万円には住居費も含まれるから、家賃はとにかく抑えようと、住まいは月3万円の古い木造アパート「れんげ荘」の一室に決定。六畳一間が彼女の新しい城だ。
実家に置いてある数多の洋服や生活雑貨は、ほとんどを処分。この仕分けが興味深く、洋服や靴、バッグなどはほとんど仕事関連で手放せないものだったのだ。
上述したFIRE実践者の言葉よろしく、会社員として仕事をしていると、稼いで入ってくる分、一定の出費も多くなるものなのだろう。

月10万円生活の実態は、まるで東京サバイバル!

仕事を辞め、木造アパートでの一人暮らし。
まるで四畳半神話のような話で、現役世代でさらに子育て中、という女性からしたら、ある意味ファンタジーのような設定だ。さぞ、優雅に丁寧な暮らしを送るのだろう…と思ってしまうが、そこに描かれているのは現実的な暮らしの難局だ。

網戸のない部屋には、夏には蚊の大群が押し寄せる。地元の商店街で入手した網を画鋲で貼ったり、梅雨時期には1日に何度も除湿機に溜まる水を捨て、カビ取りに明け暮れる…「私の城」は絵本のようなファンタジーではなく、どこまでの地続きの生活そのもの。そのリアリティが東京にありながらサバイバル小説を読んでいるような面白さがある。

スッキリ暮らしたいけど、潤いは欲しい。どちらも満たせる方法って?

キョウコは仕事にまつわるものや、一人暮らしで必要ないと思ったものは思い切って実家に置いてきたが、シンプリスト、ミニマリストなどと言う言葉では括れない。
たとえば、隣の部屋に住む高齢の女性「クマガイさん」は慎ましくもとてもオシャレに暮らす女性で、彼女からのお下がりの洋服を一気に20着ほどももらってしまう。
誰にも会わず、部屋で過ごす時間が大半だから、洋服はそんなに必要ないと頭ではわかっていながらも、やはり新しい洋服は生活に潤いをもたらすのだ。

必要なものと、生活に潤いを与えるもの。それが合致すれば嬉しいことだけど、同じとは限らない。
モノを減らしてスッキリ暮らしたい、という思いはあれど、味気ない暮らしはしたくない。
そんな矛盾する感情を、感じたことがある人も多いのでは。

たとえばお花など、終わりが決まっているものを飾ること、読んだ本をインテリアとしても使うこと…
方法はいくつかあるかもしれないが、キョウコがやったことは「物々交換」。
昔、見栄を張って数客購入した湯呑みを、クマガイさんのお下がりの服と交換したのだ。

自分の持つ余剰を誰かと交換して、お互いに暮らしが潤うという循環。
気の合う特別な誰かと、この習慣をもてば、少ないモノで潤いをキープできるかも?とヒントをもらった気分だ。

秋の長夜に、暮らしを見直す

この本の著者は、小林聡美さん主演でドラマ化もされた人気シリーズ『パンとスープとネコ日和』の著者でもある、群ようこさん。
『パンとスープとネコ日和』の世界観にも通じる、暮らしへの夢とリアルがブレンドされた一冊を、ぜひ秋の長夜に手に取ってみては。

書籍情報

れんげ荘
著者 群ようこ
ハルキ文庫
http://www.kadokawaharuki.co.jp/book/detail/detail.php?no=3858

あわせて読みたい