ページを開けばいつも前向きな気持ちをくれる書籍『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)は、おウチづくりに悩める子羊のバイブルといっても過言ではありません。著者の安達茉莉子さんは、鎌倉で新生活を始めたばかり。文豪が愛した街で、令和の作家は何を変えていくのでしょうか。自然に囲まれた新居でのお話は、明るいパワーに満ちていました。

明知真理子

明知真理子

成人したばかりの娘とのふたり暮らし。2LDKの賃貸住宅で、新しい暮らしが始まりました。仕事の合間に、少しずつ部屋づくりを楽しんでいます。

自分がより幸せになる方向に

やわらかい光が差し込む部屋には、お気に入りのヴィンテージの家具。窓の外には緑がいっぱいで心地よい風が吹き、庭にはアゲハ蝶も訪れる。何かが始まりそうな気配に満ちたこの空間が『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』の著者・安達茉莉子さんの新居です。

安達さんが著書で書いた「“私の”生活改善運動」とは「自分にとっての幸せが何なのかを探り、幸せに生活していくための具体的な行動をとっていく」(本文より)ということ。食器や家具などの具体的なモノはもちろん、住む場所や仕事、人間関係までを見直し、自分がより幸せになる方向に改善していく運動です。

とはいえこの本は、その道のプロがやり方を教えてくれるHOW TO本ではありません。むしろできていないことの改善に安達さんが体当たりで挑戦し、そこから生まれた幸せをシェアしてくれるエッセイ。等身大だからこそ人々の共感を呼び、単行本の元となった手作りのZINEは累計5000部も売れる異例の人気となりました。

部屋が広がると人も育つ!?「鉢植え理論」

本の中では前住居の横浜・妙蓮寺を舞台にした生活が綴られますが、最近、鎌倉に引越しをした安達さん。引っ越した理由をたずねると「鉢植え理論」という気になる言葉がさっそく飛び出しました。

「観葉植物を大きな鉢に植え替えたら、急に元気に成長したんです。容れ物が大きくなって成長するのは、人間も同じじゃないかと思って。3年過ごした妙蓮寺は幸せな場所で、書く内容も広がりました。それから少し歳月が経ち、最近は武道を始めて道着が増え、お能にも出合い着物も増えていきそう。つまり、好きなことが増えて部屋が手狭になってきたと感じたんです。だから、自分のためにもう少し広いスぺースを用意しようと思い、引越しを決意しました」

引越し先を選ぶうえで重視したポイントは、周囲に自然があること。「体が自然を求めた」という安達さんにとって、海も山もある鎌倉はまさにぴったりの場所でした。

新居で始めた改善運動。時間と自然と向き合う暮らし

新居でももちろん生活改善運動は続いています。最初に手掛けたのは、仕事部屋の改善運動。

鎌倉は芥川龍之介や夏目漱石などの文豪も愛した街。安達さんの新居も書き物机が部屋の中心にあり、まさに作家の家といった佇まいです。「この環境なので本をどんどん書いていきたい」という安達さん。まずは、生活リズムを見直したそう。

「朝5時に起きて、大事なことは午前中に集中して書いています。午後は鎌倉の街に散策に行ったり、未来への“遊び”の時間を作っています」

東向きの窓の向こうには、自然がいっぱい。

「ちょうど山が直射日光を遮って、朝の明るさだけが部屋に入ってくるんです。ここから窓の外の山を眺めながら書けるのはいいですね」

山を見ていると一日が終わると笑う安達さん。それを言うなら夏目漱石だって猫を見て一日が終わることもあったはず。リラックスした時間が、優しく力強い言葉を生み出しているのかもしれません。

新しい生活スタイルのために選んだのは、オフィスチェアではなくゲーミングチェア。「仕事もリラックスする時間も受け止めてくれるこの椅子がお気に入りです」

知との向き合い方にも変化が。「今」と「アーカイブ」を意識したインプット

手づくりに挑戦する過程が書籍でも紹介された“理想の本棚”は、もちろん現役! そこには「今」必要な本が並んでいます。

「最初は、本棚は増やせるだけ増やしたいと思っていたのですが、『私の生活改善運動』にも出てくるYさんが遊びにきたときに『本棚には限界がある。一定の量を超えると何がどこにあるか把握できなくなる。クローゼットの中に本棚を作ってすべて入れたらええ』というアドバイスをもらって、『今じゃないな』という本はアーカイブに入れることにしました。例えば遠野物語の関連蔵書があるんですけど、今この瞬間に読んだり研究をしているわけではなく、でも大事な本で家にずっとあって欲しいという感じです。いつか遠野物語をテーマに書くことになったら、また『今』に出してきて入れ替えればいいし、本棚にも新しい本が入る余白があったほうがいいなと、ゆったり入れています」

「重要性よりも『今』の自分との関連性で選んで並べる」という本棚。植物、旅、漢詩などの中国系の古代思想を集めるなど、個性が輝きます

住む場所によって、食も変わる。

本を出してから変わったことと言えば、料理だそう。

「料理に急に目覚めて、ビストロマリコと銘打って料理に凝り始めたことがあって、器も買い揃え始めました。鎌倉には有名な観光地としての『ハレ』の面がある一方で、日々の暮らしである『ケ』の鎌倉もある。レンバイ(鎌倉市農協連即売所)という直売所で鎌倉野菜も買えるし、近くにも地元の野菜を売る素敵な青果店、精肉店、鮮魚店もある。おいしい食材で日々、料理をするここでの暮らしはすごく上質で、こんなに明るい『ケ』もあるんだなと実感しています」

そんな料理への興味をラジオ出演時に話すと「料理を教えたい」という人が現れて、習い始めた安達さん。料理本来の楽しさを改めて知る機会になっているそうです。

「例えば冷しゃぶは70度のお湯で数枚ずつ火を通すと、しっとりやわらかい。少しの手間をかけても食べ始める時間は大きくは変わらないし、リラックスしながら丁寧に作業すると、料理ってセルフケアだなと実感します。そうやって趣味で楽しくやっているうちに、いつのまにか料理に関する仕事も増えてきたんです。すべてのことは副産物で、思いがけないつながりがあるのだと思います」

包丁は鎌倉で日本刀の刀工の技術を受け継ぐ「正宗工芸」のもの

自分の「これがいい」が見当たらない人は「欲望」に目を向けては?

安達さんの新居にあるのは「これがいい」と選び抜かれたモノばかりです。ただ、ネットにたくさんの情報が溢れるなか、自分の心地よさが分からなくて迷うことも多いもの。そんな悩みに対し、安達さんは改めて「生活改善運動」を始めたきっかけを聞かせてくれました。

「私は片付けも整理整頓もうまくできないし、散らかっているのもそこまで苦ではないタイプ。昔はそういう自分を『恥ずかしい』と責めて生きていたのですが『生活改善運動』を始めてから、そんな私でも楽しく心地よく暮らしていきたいと思えたんです。誰かにやらされているのではなく、あくまで『自分』から始まっていて、自分がやりたいことをやれるだけ、という気ままな運動なんです」

そこで大切にしたのは「欲望」だと言います。

「『私はこれといった才能はないけれど、作家として仕事がしたい』と思ったとき『こんな私じゃダメだから』と修行を始めると、苦難の道が始まる。けれど『こんな私でも作家として生きていくにはどんなことができるだろう?』と、素直な欲望に焦点を当てると、自分の持ち味を探してみたり、何らかのクリエイティビティが起動しますよね。それと同じで、この本は『こんな私でも心地よく暮らしたい』という『欲望』を大事にした試行錯誤の集合体なんです。欲望は際限がないとか、悪いニュアンスで使われることが多いけど、欲望というものがないと、お砂糖の入っていないお菓子のように味気ない。自分の心地よいものが見つけられない人は、自分の中にある欲望に目を向ければ気付きがあるかもしれません」

自分を責めず、のびのび暮らす。簡単そうで難しいこと

料理でも、仕事でも、すべてを「楽にしていく」ということが、安達さんが新居で続ける生活改善運動だ。

「そういう生き方をすると、自分を責めなくて済むんですよね。自分を責めないから他人も責めないし、責められないからみんなのびのび暮らせる。意外とそれは、現代でもできるんだろうと思います。人間はいずれ死んでいくというのが根底にある。『限られた人生を楽しく生きようではないか!』という感じです(笑)」

優しい言葉ながら、理知的に本質を突くのが安達さん。古くからの慣習やタブーを軽やかに解き放つ文章は、読んだ人の心で革命のように広がります。「けっこう野心もあるんです」と言うところは、さすが作家。

「貪欲なんですよ。野球をやるなら甲子園に出たいというメンタリティ(笑)。私には『燃やし尽くしたい』『やり切りたい』という性質があって、そこに嘘はつけないし、身を任せるのはやっぱり楽しいんです。それを続けるために、日々を楽しくしていく。最近は社会的にも『仕事はほどほどにして暮らしを大切に』と言われますが、私にはむしろ、意識的に暮らしを充実させないと、仕事の方が弱っていく(笑)。暮らしをよくすることが、人としても、文章も、いいものになるんですよね。だから、いかに自分がクリエイティブな状態でいられるかを考えると、いろいろ楽にしていこうという感じです」

安達茉莉子さんの「生活改善運動」は、現在進行形。新たな心地よい環境を手に入れて、何かが生まれつつあるのを目撃した思いです。文豪の愛した鎌倉で、2024年の作家が何を書いてくれるのか、待つ楽しみが生まれました。

今回教えてもらったのは……

  • 安達茉莉子さん
    作家、文筆家。大分県日田市出身。東京外国語大学英語専攻卒業、サセックス大学開発学研究所開発学修士課程修了。政府機関での勤務、限界集落での生活、留学など様々な組織や場所での経験を経て、言葉と絵による作品発表・エッセイ執筆を行う。著書に『毛布-あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『臆病者の自転車生活』(亜紀書房)ほか。

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書籍情報

私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE
安達茉莉子 著
三輪舎
https://3rinsha.co.jp/book/9784910954004/

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