大平一枝

大平一枝

エッセイスト。1964年生まれ。市井の生活者を独自の目線で描くルポタージュ、失いたくないもの・コト・価値観をテーマにしたエッセイを執筆。著書に『東京の台所』、『そこに定食屋があるかぎり』、『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』、『人生フルーツサンド』、『注文に時間がかかるカフェ』ほか多数。

https://www.kurashi-no-gara.com/

『オーディション』

2008-11-07
長男13歳、長女9歳

学芸会シーズン。
「泣いた赤鬼」で鬼の役をゲットするんだと、娘が2、3日前から、鬼のセリフを練習中。
風呂でもトイレでも、ぶつぶつぶつぶつ。鬼の役をやりたい子が数人いて、オーディションをやるんだそうだ。

で、今日発表。帰宅後、予想通りのむっつり顔で報告した。
「鬼は男子になった」
「じゃ、T子は?」
「……村人」
「いいじゃん、大事だよ、村人がいないと劇は成立しないよ」
「こういうときはみんなそうやって、なぐさめるんだよ」
「で、村人はAなの?Bなの?」
「19」

お、多いのう。

旅立つカエル

「いらない食器、あったらちょうだい」
 そう言われて、急遽、深夜に娘と食器棚の総ざらいを始めた。娘は連日仕事で帰りが遅く、顔に疲労の色が滲む。だが、選り分け作業は今日しかない。 なぜなら翌週、娘にとって初めてのふたり暮らしが始まるからだ。

 半年前に婚姻届は出していたものの、仕事などの都合で先延ばしになっていた。新生活はもっと先のつもりが、たまたま良い物件が見つかり、予想外に慌ただしく引っ越しが決まったらしい。

 ふたりとも実家暮らし。自炊の習慣もない。だから包丁もまな板もなにも持っていない。
 夫となった人は、最近料理を始めて楽しそうだが、娘に至っては湯さえ電子レンジで沸かす。
 これでも、小学生の頃は子ども包丁、マイエプロンにマイ三角巾を持ち、三杯酢の酢の物など楽しそうに作っていたのだが、いつからかきっぱりやらなくなった。

 思い当たるもっとも古いきっかけは、私の留守中に料理をしようとして、スライサーで指の皮を削ったことである。
 スライサーは玉ねぎやキャベツを切る大型のもので、鋭い刃が付いていた。

 私はちょうど帰宅途中で、本が詰まった重い仕事鞄を肩に掛け、足を引きずるようにして歩いていた。
 と、電話がかかってきた。
「指が、指が! 人参と一緒に指が切れちゃった」と号泣している。
「もうすぐ家だから待ってて! すぐ着くからね。痛かったね。怖かったね」
 鞄を脇に抱きかかえ、電話で励まし続け、自分とは思えない速さで走った。あとにも先にもあんな全速力は記憶がない。
 幸い、人差し指の皮が削れてはいたものの、大事には至らなかった。

 中高生になると、「女だけが料理をするのはおかしい」と、台所に意識して立たなくなった。
 我が家は、夫も同等に料理をする。どこでなにを聞きかじってきたのだろう。
 正論だが、性差に限らず、どちらかが一切やらないというのもおかしいという忠言は口にしなかった。なにかと難しい思春期だった。

 とうとう台所と距離をおいたまま、いい年になってしまった。折りにふれ、料理のことを言っても「やらない。食べる人だけでいい」と頑なだ。
 そんな娘が、「器がほしい」と言うのである。
 倹約のため、いよいよ自炊に励むそうだ。小躍りして「好きなの持っていきな」と食器棚を指したのは言うまでもない。

 娘はシンプルで使い勝手の良さそうな器を選び、作家ものの個性的な焼き物は一瞬迷うものの、「今の私には難しい」。
 漆器やアンティークは「身分不相応」と、ぶんぶん首を横に振る。
 若いふたりはともには酒党だが、お猪口や徳利、シャンパングラスは「素敵だけど、まだいいや」。
 逆に、家族旅行の際、路地裏の古道具屋で買い求めた傷だらけの平皿を「わあ、もらっていいの」と目を輝かせたり、私が実家から引き取ってきた、酒屋の景品のようなひと口ビールグラスを嬉しそうにペアで選んだり。意外なものも多かった。

 私は、なぜだか片口に目がない。
 旅先でもギャラリーでもつい目がいき、大小さまざまなのを買ってしまう。
「これ、お酒を入れるものだけど、サラダや和え物も映えておしゃれに見えるし、使い勝手がいいよ」
「うーん」
 お猪口も片口も馴染みのない世代ゆえ、さして興味がなさそうに眺めていた娘が、「あ、これかわいい!」と不意に手を伸ばしたのは、白地にポップな緑のカエル柄をあしらった、片口とお猪口ふたつの3点セットだった。
 とぼけた表情のカエルが笑っている。

「え、これでいいの。雑貨屋さんの安物だよ?」
 もうずいぶん使っていない。
「うん。だってかわいいもん」
 楽しげな娘の横顔を見て、大事にしてくれそうだなと思ったとたん、なんともいえない深々としたものが胸に押し寄せてきて、泣き出したくなるほどだった。
「私も、T子のうちで使ってもらったら嬉しいよ」

 それは、私の結婚式の引き出物だった。
 双方の実家の中間地点にある名古屋で、親戚向けの形式張ったものを。東京では、仕事仲間や友達を招いて会費制の気楽な披露パーティをした。
 カエルの片口セットは後者の引き出物のひとつで、私が吉祥寺の雑貨屋でさんざんためつすがめつした結果、「なんだかかわいい」という理由だけで選んだ。
 当時は、日本酒を飲む習慣どころか、料理もろくにしたことがない。
 自分の分も記念に買い、素敵にラッピングをしてもらった。

 気に入ってはいたものの、結局日本酒を入れたのは2、3回だ。時々思い出したように、来客時にディップやドレッシングソーサーとして使った。
 出番がなかったのは、サラダや和え物を入れるにも、本気で酒器として使うにも、小さすぎた。
 お猪口で3度も注げば、空になる。日本酒好きの単身者なら、もっと楽しめたかもしれないないと、あとから気づいた。ひとり暮らしは長かったものの、料理も家事もろくにしていないので、生活実感がない。使い勝手まで想像が及ばなかった。

 その後も年を重ねるほど、子どもっぽい柄が食卓で浮くようになり、出番がなくなった。子育てに余裕ができ、ホームパーティを開く30代後のころには奥にしまい込まれた。かわりに、素朴な刷毛目の鹿田焼や、渋い土の表情が味わい深い粉引唐津らが活躍した。

 それでも幾度もの引っ越しについてきたのは、自分たちの式の引き出物だったからである。
 今なら絶対選ばない、生活者として半人前ながら自分なりに一生懸命選んだあのときの蒼さが、愛おしい。生活実感のない未熟ごと、全部ひっくるめてかけがえがない。

 カエルの片口セットは、娘の手で新聞紙で大事に包まれ、段ボール箱に収まった。
 少しずつ暮らしの経験を積んでゆけば、そう遠くない未来に「ちょっと、子どもっぽいな」「盛り付けに使うには中途半端な大きさだな」と思うときがくるだろう。
 それもいい。
 暮らしの門口に立ったばかりのおぼつかない日々を、呑気な表情で見守ってほしいとカエルに託す。

 深夜1時。
 彼女は段ボール箱いっぱいの器を抱えて、自室に上がっていった。

 夫と私と娘の3人暮らしがもうすぐ終わる。
 あと何回、卓を囲めるだろう。
 舞台役者を生業(なりわい)とする彼女は、とくに夜は本番や稽古やバイトに忙しく、今年も数えるほどしか夕食をともにしていない。

 村人19の翌年、学芸会で要になる役を演じ、それが演劇の世界に目覚める最初のきっかけになったらしい。その役を私は思い出せずにいる──。

片口コレクションの一部

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