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大平一枝

大平一枝

エッセイスト。1964年生まれ。市井の生活者を独自の目線で描くルポタージュ、失いたくないもの・コト・価値観をテーマにしたエッセイを執筆。著書に『東京の台所』、『そこに定食屋があるかぎり』、『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』、『人生フルーツサンド』、『注文に時間がかかるカフェ』ほか多数。

https://www.kurashi-no-gara.com/

『大所帯のおかみさん』

2009-12-31
長男15歳、長女10歳

 京都から義弟家族が来訪、2泊していった。
 子ども4、大人4、計8人の賄いを担当し、久々に石原軍団の炊き出し気分を味わう。
 ふだん、凝った料理などひとつも作ってないので、こういうときの料理は新鮮でおもしろい。
 珍しくエプロンを引っ張り出してきてぴしっと締め、はりきっておかみさんに徹し、蟹シュウマイだのラザニア(先日取材先で出されたラザニアが旨すぎ、腹一杯食べたくなったので)だの、バーニャカウダだの、デザートにマドレーヌなどを焼いてみたりした。
 料理というのは、ちまちまつくるより、どかんと大量につくったほうが楽しいし、絶対旨い。おいしいと言ってくれる人もふだんの×2なので、はりあいもある。こういうの、嫌いじゃないわと実感。こうなったら次はちゃんこか。

ちゃぶ台は今

 ぎゅうぎゅうと詰めれば10人で囲えるちゃぶ台が、我が家の茶の間にあった。
 そう、茶の間。ダイニングという言葉はこそばゆくてうちには似合わない。

 ちゃぶ台は、新婚時代の帰省の折、ふらりと入った松本の家具屋で一目惚れした。
 若い夫婦には目をむくほど高かったので、「いったん冷静になろう」と、近所の実家に帰った。
 翌朝、目覚めて「やっぱり買おうか」と私。パインの古材で、天板も脚も分厚く、重い。存在感と、ひとつずつ節目や木肌の表情が違う手作りの風合いに惹かれた。それに、ちゃぶ台は目線が低くなるので、狭い部屋が少し広く見えそうだ。
「……だな」と夫が同意した。

 店頭で、恐る恐る財布の奥からクレジットカードを引っ張り出した。たぶんあれが、カードによる人生で最初の高額な買い物である。

 上の日記の「石原軍団」とは、当時存在していた芸能事務所、石原プロモーションのことである。チャリティや地域イベントで、大量の焼きそばやカレーや豚汁を、俳優たちが額に汗して作り振る舞う光景が、しばしば情報番組で紹介されていた。

 ふだん、ちまちまと、多少の栄養バランスや色合いを考えながら家族4人分の料理を作っている私は時々、あんなふうに大量の料理を作りたいという衝動にかられた。
 なにも考えず、豪快に、大量に、腕に力を入れて炒めたり混ぜたりしたい。学童クラブのキャンプやサッカークラブの合宿で経験するが、年に一度、あるかないかだった。

 17年前の大晦日。
 すっかり忘れていたけれど、私は炊き出しのような食事を存分にどうやら楽しんだ模様だ。
 シュウマイもマドレーヌも記憶はない。ただ、冬なのに首にタオルを巻いて、汗を拭きながら煮炊きしたのは覚えている。

 それと巨大なラザニアの皿。
 使ったのは長四角の耐熱ガラスと、楕円の白い陶器のグラタン皿で、どちらも大ぶりだ。
 前者はたしか古道具屋で何百円かで買い、後者は閉店するイタリア料理店の前を通りがかった際「ご自由にお持ち下さい」と書かれてあったもの。
 持ち帰ったはいいものの、ラザニアもグラタンも、ふだんは作るのがちょっと面倒で、使わずじまいだった。ごくたまに作るグラタンは、洗うのが楽な小さい銘々皿がある。

「ようし、君たちの出番だぞ」と腕まくりをし、祭りの支度でもするように、張り切って大皿を使いまわしながら台所に立った自分が容易に想像できる。

 義弟一家はとにかく「おいしいおいしい」と端から平らげ、空にしてくれるので、張り合いがあった。
 ふだん、うちの子どもたちや夫はそこまで言わない。おまけに平気で残す。──逆に夫が作る時も同じで、私も言い忘れる。

 日記の弾む行間は、もうひとつの私も教えてくれる。
 大晦日に親戚が泊まりに来るという行事を「面倒くさい」「大変だ」と少しでも思いだしたら、すべてがつまらなくなる。そういう気持ちが一ミリも入り込む隙間がないよう、先頭きって炊き出し気分を楽しんでいた自分。

 実際、大勢でないと作る気になれない料理は、すこぶる楽しかった。想像以上に、ストレス解消にもなった。
 ぎゅぎゅっとみなで詰めてちゃぶ台を囲んだ、上座も下座もない茶の間は、ストーブなしでもいいくらい暖かかった。

 ちゃぶ台は、7、8年前、長い脚がつき、テーブルに生まれ変わった。
 夫も私も、床に座る際に足腰が痛むようになったからだ。買い替えたほうがはるかに安かったが、20年余をともにしてきた相棒を、とても手放す気持ちになれなかった。
「これをテーブルにするようじゃ、私たちもいよいよ年寄りの仲間入りだね」
「しゃあないやろ。立ったり座ったりがしんどいのは、ほんまなんやから」

 そんな夫婦のやり取りを笑いながら聞いていた職人さんが、3ヶ月かけてリメイクしてくださった。
 無事戻ってきたそれは、むしろ以前より我が家のちゃぶ台らしい佇まいになっていた。新しく取り付けた脚を、天板の風合いに合わせてエイジングをかけ、塗装もなじませてくれたらしい。
 つまり、天板を新しく削ったり磨くのではなく、本来持っている味わいに、新しく足したパーツを合わせたのである。

 椅子なので、もう10人は座れないけれど、元ちゃぶ台は、今も我が家の顔のような風情で、茶の間に鎮座している。

リメイク前のちゃぶ台(左)と、リメイク後

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